足踏みラバーズ
両親は好きだ。姉のことだって好きだし、姪っ子もかわいくて抱きしめたくなる。奏恵も朱莉も冬子も大好きなのに、それが少し違う人になるだけで、途端に断定できなくなる。
これだから、恋愛に逃げ腰になってしまうのだ。
原因もわずかばかりはわかっているのに、それを生かすことなどできなくて、考えることも嫌になって、振り切るように仕事に打ち込む日々が続いていた。
その間もずっとずっと、連絡がきていることに気づかないふりをして。
「佐伯さん、今日これから忙しいすか」
ひょこっと陰から顔を出して、今日の予定は、と問うてくる。
もうそろそろ帰るよ、とパソコンの画面から目を離さずに伝えると、意気揚々として、飲みに行きませんか、といつの間にか隣にやってきて耳元で囁いた。
気持ち悪い! と顔をむぎゅ、と手で遠ざけると、9時ですよ! とニコニコしながら仕事に戻っていった。
こっちですよ、と中島くんに案内された店内の席には既に先客がいて、はめられた、と早々と後悔の念を抱いた。
「高梨さんお疲れっす!」
ひらひらと手を振る蒼佑くんが座っていて、中島くんは嬉しそうに駆け寄っていった。
呼ぶなら呼ぶで先に言ってよ、と小声で咎めたけれど、口止めされてたんですよー、と泣きまねをする後輩が憎らしくなって、首根っこを掴まえて叱りつけた。
聞こえないようにこそこそ話したつもりでいたけれど、蒼佑くんに隠すことはできず、まあまあ、と宥められた。
「おれが頼んだんだよ。中島くんに」
お酒を注文しながら、怒らないであげてね、と微笑まれて、どうにか心を落ち着けようと、煙草に火をつけた。
二人に断りもせずに煙草を取り出してしまって、ごめん、吸っていい? と慌てて確認すると、にやにや笑う中島くんが目に入ってくる。
その顔なんなの、と疑問に持っても、なんでもないっす、と曖昧な返事しか返ってこなくて、追及することもせず乾杯をした。