足踏みラバーズ



「……瑞樹と、会ったでしょ」



 しばらく考えないようにしていた、あの日の事が鮮明に蘇る。どうして知ってるの、と顔をあげると見透かしたように話してくれた。



「ここ最近、瑞樹、荒れてたから」



 昨日なんか、立てないくらいに飲んでたもん、と苦笑していた。

タイミングが悪かったよね、アイツもと呟いていたけれど、そんな問題じゃない。どこかの女性とホテルに入ろうとしていた理由が聞きたいのであって、瑞樹が傷ついてるとかそんな説明は今は微塵も受け入れる余裕はない。


別れた私がこんな感情を抱く資格はないだろう。それもわかっているから、口には出せずに悶々とする。

沸々と怒りに似た感情さえも湧いてきて、蒼佑くん! と意を決して視線を合わせた。





「……つき合う。蒼佑くんと」



 その内容とは似つかわないほどぶっきらぼうな態度をとった。先ほど告白してくれていたはずの蒼佑くんからの返事はまだ、ない。




「……ん? なんて?」



 ぱちくりと瞬きをして、まだ理解できていないです、というのがまるわかりの表情で、戸惑っているのが目に見えてわかる。



「私とつき合ってくれませんか」



 再度伺いを立ててみたけれど、鈍い反応になんだかどきどきする。あれ、おかしいな、意外と緊張するんだな、と背中に汗がつたう。

冬なのに、暖房が効いているせいか、体が徐々に熱くなるのを感じる。





 少しの間、沈黙が流れたけれど、すぐにグラスが倒れるのと共に、歓声が聞こえた。



「えっ、うわ、ほんと!? ほっぺ……痛くない! 夢!?」



 ぐにぐにと両方の頬を抓って騒ぎ立てる。いや痛いでしょ、跡ついてるもん、と蒼佑くんの頬をさすると、そのままぎゅっと抱きしめられた。

蒼佑くんの熱い身体より、ぽたぽたボトムに落ちるお酒の滴が気になって、心ここにあらず、という形になってしまった。



「蒼佑くん、あの、ちょっと……」

「え!?」

「ごめん、あたしびしょびしょでして。ちょっと離れてもらえると助かるよ」



 気づいていなかったのか、テーブルから滴り落ちる滴と、濡れて色の変わったボトムスを交互に見る。

ようやく理解したようで、ごめん! と勢いよくおしぼりを握りしめていた。




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