足踏みラバーズ
べろべろで、昨日の記憶がない、と弱弱しく話していた。
「俺、なんか余計なこと言ってねえよな……」
と、苦しそうにネクタイを緩めていたけれど、冷や汗が出た。
おれが聞くより前に、やってしまったとか、どうすっか、と困惑と動揺の入り混じる感情がだだ漏れだったし、なんならチャンスとばかりに次の日、瑞樹の知らない最強のカード「百合子ちゃんの直属の後輩(そこそこ仲良い)」を使って、告白する流れに持っていったし、ずいぶん卑怯に思えてきて、弁解するタイミングを見つけられない。
刻一刻と、瑞樹が大阪に行く日が迫ってきて、その間ずっと瑞樹の機嫌は悪くて、ついにはタイミングを逃してしまった。
佐伯さん佐伯さん、と笑いを含んだ声がする。
「……中島くん、言いたいことあるんだったらはっきり言ってよ。鬱陶しいなあ」
優しさの欠片もない言葉を浴びせたけど、それにめげる様子もなく、あのあとどうなりました? と目を輝かせて聞いてくる。
やはり蒼佑くんと同調してたな、と確信した。
「……しくんだね?」
じろりと中島くんの目を見ると、すぐに逸らされ、音も出てないくせに口笛をふく素振りを見せた。
「いや、怒ってないから。一応、お礼言っとくよ」
ありがとね、と机に入れている置き菓子を差し出すと、まじすか! と万歳していた。
「おめでとうございます! 佐伯さん! やりましたね!」
「やりましたねって……まあ、うん。ありがとね」
「まさかまだつき合ってなかったなんて、ビビりましたよ!」
恋のキューピットて気持ちいいすね! と小さなドーナを嬉しそうに頬張っていたけれど、キューピットはこんなに煩くないよ、と憎まれ口を叩いた。
つき合うといっても、変わったのは部屋に出入りする権利が居住者の私以外に、もう一人できたくらい。
瑞樹への当てつけのようにつき合ってしまったから、罪悪感に押し潰されて、次の日には頭を下げて謝ったけれど、「え? 知ってるけど?」と当然のように返されて、あっけにとられてしまった。
それどころか、「つき合うのなしって言うのはなしね!」と指切りさせられて、ぽかんと開いた口が塞がらなかった。
何より、蒼佑くんといるのは意外と心地良くて、あまり気を遣わずにいれるのがすぐに蒼佑くんを受け入れられる、大きな理由の一つだった。
……受け入れる、と言っても恋人のするような行為はないけれど。