足踏みラバーズ
事情後に、腕枕をせがんでくる女に鬱陶しさを感じて、背中を向けて携帯をいじっていたとき、背後から胸を押し付けられて言われたことがある。
は? と知らないふりをして、シラを切ったつもりでいたが、世間はそう甘くない。
好きなアイドルなんていなければ、芸能人を待ち受けにする趣味もない。そんな、少しの隙を逃さずついてきた、これでこそ女という有り様だ。
度々送ってくる会いたいというLINEに、いい加減うんざりとしていて、ブロックしていた。
その後は平穏な日々を送っていたつもりだったが、どこから知ったのか、会社の最寄りの駅に頻繁に姿を現すようになっていた。
気持ちが悪い。ストーカーかよ、と無視を決めこんでいたけれど、TwitterのDMが届いていた。
これで最後にしていいから、会いたいな
最後に一回、関係を持って終わりにする。
それでめでたしめでたしだ、そう思ってあの日、ホテルに行ったのに。現実は、どこまでも残酷だ。
百合子は自分のことに鈍感だと思う。
わざと、情報を遮断しているのかもしれないが。
友人の誰かが別れたとか、なんか泣いてるっぽいとか、自分のことみたいに慌てふためいていたのは知っている。
感情と言葉と行動が一致しているし、駆け引きなど知らないまま、俺とつき合ったせいか、女のしがらみを綺麗なまでに取り除いた性格のまま、大人の女性になってしまった。
しかし、整った容姿と相反するひょうきんな性格が、また目を惹く要素になったのも確かで。
嫉妬が溢れて空回りして、別れることになってしまったことも、酒のせいにして全部掃きだしてしまえ、と浴びるように酒を飲んだ。
「倉橋、恵美?」
ぽそっと呟いた蒼佑の声は、既に俺の耳には届いていなくて、どんな顔をしていたのかも覚えていない。
気づいたら自分の部屋に戻っていたし、二日酔いでガンガン痛む頭は、起床するのを妨げたけど、蒼佑が心配そうな顔で覗いていて、見たいのはお前の顔じゃねえんだけどな、とぼやくと、眉毛をハの字にして笑っていた。
その日の朝だった。一カ月の出向が、決まったのは。