足踏みラバーズ
「痛っ、なんですか、これ……」
顔にぐりぐりと押し付けられて、PPのカバーにファンデーションがちょっぴりついてしまった。袖でごしごし拭きながら、ごめん、ちょっと汚れたかも、と顔を上げると、二人の顔がドアップで思わず後ずさりをした。
「な、なんなんですか……」
椅子に座り直して聞いてみると、目の前でわーわーと騒々しい。
「これ! ありかなしか読んでみてほしいんすよ!」
「私はありだと思うんですけどぉ」
「オレはなしっす、絶対!」
「えぇ〜、中島くん全然わかってないなぁ〜」
漫画談義もさることながら、「そんなんだから童貞なんじゃないのぉ?」と言う相田さんに、「どっ、童貞じゃないっす! 素人童貞なんです〜!」と中島くんがわたわたと返していて、素人童貞? と疑問を口にしたら、佐伯さんは知らなくていいんですよ、と二人して帰り支度をしていた。
なんだったんだろう。
とにかくこの漫画を読めということらしい。家に帰ったら、読んでみよう。
ついでに蒼佑くんに素人童貞の意味を聞いてみよう、と心に決めた。
「恵美、ごめん! 待った!?」
なるべく急いできたつもりだけど、中島くんと相田さんの勢いに押されて気づいたら21時を過ぎていた。
焦って小走りでエントランスに向かうと、暖かくなってきた気候に抗えなくて額に汗をかいてしまった。パタパタと手で仰ぐ素振りをすると、今来たところだから、と笑っていた。
「久しぶりよね、飲みに来るの」
グラスを傾けながら、話し出す恵美。
ビールを飲んでいる最中に話しかけられたから、慌てて、だよね、と相槌を打つと、白いひげが見事にできていて盛大に笑われた。
おしぼりで口元を拭きながら、ふと疑問に感じていたことを口にする。
「恵美、最近定時に帰ってる?」
びく、と肩を揺らす。けれど深い意味があるとも思えず、話しを続けた。
「この前ね、飲みに誘おうと思って、恵美のとこの階で降りたのね。そしたら、倉橋もう帰りましたよ〜って」
18時半くらいだったかな? とビールに口をつけながら言う。
「……まあね。ほら、私の会社、編集さんと違って終わるの早いから」
「それもそっかあ」
むしゃむしゃと目の前の焼き鳥を頬張る。
「あ、そういえば、創くん元気?」