足踏みラバーズ
ぼーっとテーブルの横に置いた携帯のほうに視線を向けていて、私の声が届いていないようだった。
「——恵美? 恵美?」
あまりにも反応がなくて、肩を小さく揺さぶると、はっと視線をこちらに向けた。
「ごめん。何?」
「創くんが元気かって話だよ。恵美、具合悪いの? もう帰ろうか?」
無理しなくても、また後で……と伝票に手をやると、大丈夫大丈夫、と遮られる。再びドリンクを注文するのを見て、それなら、と手をひっこめた。
「創ね、元気だよ。相変わらず」
そうか、良かったというようにぱんぱんになった頬でこくこくと頭を小さく振る。
「ははっ、詰めすぎ」
ちょん、と頬をつつく人さし指の爪が少しだけ食い込んで痛い気がしたけれど、構わずもぐもぐ咀嚼し続けた。
「蒼佑くん……だったけ。彼とつき合ってるの?」
「あ、うん! そうだ、言ってなかったね」
ふふ、と笑う恵美が先ほどと違って上の空ではないことに安心して、お腹がすいて、焼き鳥の盛り合わせを半分以上平らげてしまった。
しばらく仕事の話だとか、新入社員の話だとか、お互いの近況を教えあっていた。
今年も、ぴちぴちの新入社員が入社してきた。
新入社員はほんの一握りの数で、ぴかぴかのスーツを着た子をちらほら会社で見るけれど、自分の所属する部署に配属されてこなかったから、他は蒼佑くんとつき合ったということくらいで、目新しいことは特に、ない。
そんなところに、恵美がポツリと漏らす。
「私、好きな人、いるのね」
氷をくるくる回している恵美を凝視した。
「うえっ!? 何、いつから!? つき合ってるの!?」
少し前の中島くんと相田さんみたいに、興奮しきりで、顔をぐいぐい近づける。すぐに我に返って、身体をもといた位置に戻した。
「つき合っては、ないの」
「そうなんだ。相手、どんな人なの? つき合ったら、あたしお祝いにおごるよ!」
そのときは教えてね! と、カチンと軽快な音を鳴らして乾杯をする。ありがとう、と微笑んでいたけれど、どんな人かという問いに、答えは返ってこなかった。
そろそろお開きか、とお手洗いに立って戻る。
お店の外で別れる間際に、ちょっと、と恵美に呼び止められた。
「百合子、下咲さんって知ってる? 下咲、瑞樹、さん」