足踏みラバーズ



 知った名前がぽろりと口に出て、え、何で知ってるの!? と目をまるくする。

友人の友人だ、と説明された。



「同級生だよ! 高校の」



 偶然てあるもんだねー、とけたけた笑うと、そうね、と言葉短かに髪をかきあげていた。

「引き止めてごめんね」と鞄を持ち直して、足早に駅に向かって歩き出す。

ばいばい、と手を振る私の手が虚しく空を切っていた。








 おかえり、と帰りが遅くなった日も待っていてくれる。


ただいま、とジャージに着替えて鞄の中から、漫画を取り出してソファに腰かける。もちろん、賑やかなあの二人に借りた、もとい押し付けられた漫画だった。

パラパラとページを捲りながら、退社間際のことを思い出して、おもむろに「素人童貞って何?」と蒼佑くんに聞いた。



漫画から目を放すと、ゴホゴホと咽ていた。

慌ててティッシュの箱を差し出すと、口の端から零れたお茶を拭いていた。





「ううんっ、んっ、げほっ! どこでそんなの聞いてきたの!」



 怒るふりした蒼佑くんを見て、……同僚? と首を傾げた。



「なんかね、中島くん、素人童貞なんだって」



 そういうと、落ち着けようと口に含んだお茶をさらにむせ返していた。



 素人童貞とは、風俗嬢などのプロの方との経験をし、さらには一般の、いわゆる彼女とか、そういう人との経験がないことを指す、らしい。

蒼佑先生によると、そんな説明だった。


理解はしたけれど、素人童貞って童貞じゃないじゃんねぇ、違いがいまいちわからない、と再び漫画に目をやると、蒼佑くんは頭を抱えて一人お風呂に向かっていった。













 彼がお風呂に入っている間、借りた漫画を読了したけれど、なんともヘビーな内容だった。

成人向けの恋愛漫画で、物語は純愛と謳う不倫もの。読み終わった後に帯を見て、純愛の定義とは……と呆けてしまった。







 物語は三人を中心に繰り広げられる。



結婚している大人の男女一組と、男性の職場の生徒の女性が一人。


 結婚している幸せそうな男女の夫婦。男性は高校教師で、どんなに仕事が遅くなっても笑顔で待っていてくれるのがとても嬉しい、それは仲睦まじい夫婦だった。





 話は男性が転任して、違う学校に勤めることになったところから始まる。仮に、男性を太郎、その奥さんをA子、高校の女性とをB子としよう。





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