妖狐の花嫁
でもそれが何なのか分からないまま
丸Tが彼にこちらを指差して
あそこが席だ、と指示をする。
その瞬間
転校生の彼と 目が合った。
(───!)
彼はその指示に従うように
静かにこちらへ歩いてくると
そのまま、私の前の席へ座った。
…あれ、気のせいだったのかな…?
(今……少し微笑まれたような…。)
私はそんなことを考えるけど
目の前の彼は特に私に話しかけることもないし、動く様子もない。
やっぱり気のせいだったのかも、と
私は思い直して
そのまま丸Tの話に集中した。
そして少し経つと
教室に放送が入って、体育館に移動するように指示が流れる。
丸Tはそれを聞くと、
私たちを名前順に廊下に並ばせて
下に降りるように指示をした。
(これから長いお話聞かなきゃいけないんだよなぁ。)
新学期は好きだし、始業式は絶対に欠席したくないけど
先生方の話だけはどうも…途中で飽きてしまう。
私は退屈なその場面を想像して
すでにつまらなさを感じていた。
すると
私の前に立っていた『黒田吟』くんが
クルッとこちらへ振り向く。
(わ…っ!)
近くで見ると
彼の真っ黒な瞳がさらに綺麗に見えた。
吸い込まれるような……綺麗な目。
彼は最初と同じような優しい笑みで
こちらを見ると、私に話しかけた。
「ねぇ、甘い物好き?」
「え……あ、うん。好きだけど…。」
「じゃあコレあげる。」
そう言って
黒田くんは私に手を差し出して
私の手の上に 1粒のアメを置く。
私は驚いて彼を見上げるけど
彼は小さく笑いながら
口元で人差し指を立てた。
…他の人には秘密、ってこと?
私が小さく頷くと
黒田くんも小さく頷いて
「始業式頑張ろうね。」と私に言った。
(まさか私…そんな退屈そうな雰囲気出してたのかな…。)
そうだとしたら、かなり恥ずかしい。
転校生の彼に気を使わせてしまったと思って、私は思わず下を向く。
その間に列が動き出して
私たちは体育館へと移動する。