妖狐の花嫁
───そしてそのまま少し経つと
狼達は急に走る速度を弱め、
その後は歩き始め、直に止まった。
それを確認して
私は顔を上げて前を見ると
そこには…綺麗な湖が広がっていた。
「…わぁ……綺麗…。」
「娘、降りろ。」
その景色に感動していると
不意に横から仁さんの声がして
私はそちらへ振り向く。
いつの間にか また半妖の姿になり
私のそばへ寄ってきていた。
「ん。」
「……?」
仁さんは私に両手を伸ばして
そう短く声を発する。
しかし私は何のことか分からず
1人混乱していると、
仁さんは眉間にシワを寄せながら 私に小さく怒鳴った。
「下ろしてやるから来い!
そのままずっと乗っているつもりか!」
「えっ、あ、あぁ!ごめんなさい…!」
私はやっと意味を理解して
彼の方へ体を傾ける。
仁さんはそのまま私の体を抱き上げて
静かに地面へと私を下ろした。
「あ、ありがとうございます…。」
「ったく…鈍臭い娘だ。」
仁さんはまた呆れるようにそう呟いて
私を見下ろす。
(…そんなに言わなくてもいいのに……。)
私がそんな意味を込めて
チラッと彼を見ると
「あ?」とでも言いそうな顔で目が合って
私はすぐに視線を逸らした。
…やっぱり仁さん怖い…。
「…あの、ここは……?」
「この森にある唯一の湖だ。
ここには荒い獣はあまり来ない。
俺達の側にいれば匂いもどうにか誤魔化せるだろう。」
これだけ狼がいるからな、と
自分の仲間達にチラッと視線を向けてながら 私にそう言う仁さん。
私は少しだけ安堵しながら
目の前の湖へ視線を移した。
(……本当に綺麗…。)
私はそう思いながら
他の狼達と同じように
湖の方へ近づいて そこを覗き込む。
小さな魚がいるのが見えて
魚は私たちの所と変わらないんだ、と
薄っすら思う。
「……華、だったな。確か名前は。」
「あ…はい。」
後ろからついてきた仁さんが
私の隣へ並んでそう尋ねた。
それに私が頷くと
仁さんは「そうか。」と言って
私の隣で腰を屈める。
「……暗い顔をしてるな。
人間界のことでも思い出したか。」
「………そうですね。」
仁さんにそう言われ、
私は少し目を伏せながら 水面を眺める。
そこに映る自分の顔を見ながら
私はズキッ、と痛む胸に
静かに手を当てた。
「…昨日、彼の所から逃げようとして 屋敷の中を彷徨っていたんです。」
「………。」
「でも当然見つかって連れ戻されて、
逃げた罰として…友達の記憶から私の存在を消されました。」
黙って私の話を聞く仁さんへ、
私は静かに 昨夜のことを話し始める。
話している最中も
ズキズキと胸が痛んで、私はさらに顔を伏せた。