妖狐の花嫁






───今思い出しても、あの瞬間は
本当に地獄を見たような気分だった。




徐々に、ゆっくり…でも確実に
心の中の何かを蝕まれる感じがした。








「……私の居場所を、元いた世界から無くそうとしてるんです 彼は。」

「…吟のやりそうなことだな。」







仁さんは私の言葉を聞いて
冷静な態度で、そう言う。


私は仁さんの隣に腰を屈めて
自分の膝へ顔を埋めた。







「……あいつはお前を自分に縛り付けるつもりだろうな。その為ならきっと手段は選ばん。」

「………。」

「…吟に見初められたのがお前にとって運の尽きだったな、華。あいつは絶対にお前を手放す気はない。」








現実を突きつけるように、仁さんは静かに私にそう言った。



…私もどこか自分で それは察している。



黒田くんの私への執着が
少し異常と思えるほど強い感じがしたし、

昨日の…咲へしたことも含めて

彼の冷酷さも身に染みて感じていた。




だからこそ仁さんに言われたことが
確信を持たせるようで…私には少し重く感じた。







「諦めろ華。あいつの側にいることを受け入れる他に お前に道はない。」

「っ……。」

「その代わり、吟はお前を命に代えても守るはずだ。それに力も権力もある。」







もしかすると、人間界で生きていくより
安心で裕福な生活かもしれんな。



仁さんはそう言うと、

ゆっくりと立ち上がり
私の側から離れていく。







(………あっちにいるより、安心で裕福 か…。)







もし例え本当にそうであって


何の苦労もなく
一生暮らしていけるとしても───





この私の寂しさを埋められるものは、

きっとどこにも 存在しない。







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