妖狐の花嫁
俺は自分の屋敷に到着すると
中から水を取り出し、
それを小さな水筒の中へ移し入れる。
そしてそれを持ち出して
また 森の中へと戻った。
(…華はこのままいけば 生き人形と化してもおかしくはないだろう。)
すでに今の華は
吟から逃げられない現実に
心が孤独に埋もれ始めている。
その弱った心が
余計に覚醒を早めているのだ。
…吟もよく考えたものだとは思うが
この計画は あまりにも残酷すぎる。
『あの子はもう俺のものだ。
居場所も何も…もう必要ない。』
昨夜の吟の言葉を思い出して
俺はグッ---と拳を握りしめた。
(あの娘の心がどうなろうと、あいつは知ったことではない…ということか。)
あの愚か者が───っ、と
吟のやっていることに嫌悪を抱きながら
俺は華の待つ湖へ戻ってきた。
「……あ…仁さん…。早かったですね。」
「…走ればすぐ着く距離だからな。」
俺が戻ってきたことに気づくと、
華は俺を見上げながらそう言った。
そして俺から水筒を受け取ると
一瞬 困惑したように俺を見る。
それに 俺が小さく頷けば、
華は遠慮がちに…水筒の中の水を飲み始めた。
(……哀れな娘だ…。)
その姿を見ながら 俺はそう思った。
次会った時のこいつの顔を想像するだけで
食欲が一気に失せる。
華は水を飲み終わると
「ありがとうございました…。」と
少し怯えながらもお礼を言って
俺に水筒を渡した。
俺は「あぁ。」と短く返して
その水筒を受け取る。
───その時
俺は近くに 気配を感じて
ピクッ、と耳を小さく動かした。
すると同時に───
「…華、迎えに来たよ。」
すぐ近くで
吟の声が ハッキリと聞こえた。