妖狐の花嫁
「ほ…本当に何もないよ…っ。」
「……ふーん。」
私の言葉に
あまり信用してないような返事。
私はまた
彼の言う『お仕置き』のせいで
誰かの記憶を消されることになるのではと
少し 体が震え始める。
「はは、震えちゃって…可愛い。」
「っ………お願い、信じて…。」
「そうだなぁ…どうしようかな。」
彼はそんな私を見て
可笑しそうにクスクス笑いながら
冷めた目で私を見下ろしている。
そして少し考えてから
私の耳元に そっと唇を寄せた。
「じゃあ──……
俺からもう逃げないって、約束して。」
「っ……え…。」
黒田くんはそう言うと
妖しい笑みを浮かべながら
私を見下ろす。
それ以上何も言わないけれど
この言葉の裏に隠された
彼の"脅し"を、私は感じ取っていた。
───『断ったらまた消すよ。』
彼の目が、そう言っているように見える。
私は黙って彼を見上げながら
どうすればいいのか、
必死に頭を働かせるけど
彼と目を合わせていると
段々と……思考が鈍ってしまう。
(……逃げても、逃げなくても…
私がここから2度と帰れないのは…変わらないんだよね…。)
だとすれば
その中でも
1番穏便な答えは───…
「……どうする、華?」
「……っ…え、っと……。」
───もう、これしかないんだよね。
「……もう、逃げない……です…。」
私が小さくそう言うと
彼はその答えを聞き逃さず、
目を細めて 口角を上げた。
「…いい子だね、華。
素晴らしい選択だと思うよ…。」
「………。」
黒田くんは
先ほどまでのような冷たい目ではなくなり
満足そうに、私の頭を撫でる。
そして
私と視線を合わせていると
段々と目を伏せながら、
こちらへ……顔を近づけた。