妖狐の花嫁
(一体、何に怒っていたんだろう…。)
そもそも、そこからよく分からなかった。
帰ってきてから……いや
あの森に迎えに来た時から
彼の様子は少しおかしかった。
どこか苛立っている様子だったし、
掴む腕の力が強くて
仁さんにも指摘されていたし。
だけど考えたところで
心当たりは何もなかった。
「……華…。」
「………。」
「華……絶対に、離さない。
俺の側からいなくなるなんて…そんなことさせない。」
彼はまるで自分に言い聞かせるような、
はたまた私を脅すように
強い意志を込めながら、そう呟く。
そして言いながら
私を抱きしめる腕に力を込めた。
───まるで、本当に逃さないように。
「誰にも渡さない……。
四神にも家臣にも…人間にも。」
「っ……。」
「華は俺のものだ。」
彼のそう言った言葉に
私は小さく息を漏らす。
───『人間にも』。
その言葉で
2度とあの世界に帰れないことを
約束された感じがした。
…"ここ"から出さない、と。
『逃げるな』と言われ
私がそれに頷いてから、
もうそうなることは暗に約束されている。
私も、それはすぐに理解していた。
だけどやはり
何度聞いても…それに関する言葉は
心に突き刺さった感じがする。
「華、他の奴らのところに行っちゃダメだよ。俺の側にいて。」
「………うん。」
「愛してる。…愛してるよ、華。」
彼はそう言いながら
私の首筋に顔を埋めて
小さくキスをした。
私は彼の言葉に
「うん。」と短く返事をして返す。
……返事をしないと、何をされるかわからない。
私は彼の行動を拒まずに
じっとする。
そんな私に
彼は首筋にキスをしながら
『愛してる』を繰り返していた。