妖狐の花嫁
「残念。ちょっと期待したのに。」
「っ…やめてよ。」
「やーだ。
俺はいつでも機会を狙ってるよ。」
華としたいもん、キス。
と、彼は愉快そうに言いながら
食事を進めていく。
私はその言葉にドキッとするものの
首を横に振って
黙って食事を進めた。
そんな時に
はけていた椋さんが
不意にこちらへやってくる。
「吟様。」
「んー、何?」
「お客様がおいでになるそうです。」
椋さんがそう言った瞬間
───ピクッ と、彼の耳が動いた。
そして穏やかだった雰囲気が一変して
緊張した雰囲気を纏い始める。
……な、何……?
「…それ、誰?」
「……真様です。」
(……真…?)
聞いたことのない名前に
私は小さくポカンとしていた。
しかし
その名前を聞くと
吟は 少し目を伏せて
───鋭く視線を 横へ向けた。
(っ………!)
その様子を目の前で見るだけで
背筋が ゾッとした。
「…そう。何の用か知らないけど
食事が終わったら、出向くよ。」
「畏まりました。
真様が到着なさいましたら、そうお伝えしておきます。」
椋さんはそう言うと
再び席を外して
どこかへはけてしまう。
それを見てから
彼は私に 口角を薄く上げながら、静かに言った。
「華。華は食事が終わったら
部屋でお留守番しててね。」
「……うん。」
「この前みたいに、逃げたりしないように。」
───ビクッ!
最後に言った彼の言葉が
どこか冷たく殺伐としていて
私は思わず 体を強張らせた。
顔を上げると
笑っているのに…笑っていない吟と 目が合う。
「……うん。」
私はそう小さく返すのがやっとで、
見えない恐怖に
心臓がパクパクと鳴り始める。
「…分かったなら、いいよ。」
彼は口角を上げ
妖しい笑みを浮かべると
私にそう言って
食事を再開させた。