妖狐の花嫁
「───人間よ、声を出すな。」
「!?」
───不意に
耳元で声がして
私は咄嗟に 身を固まらせた。
隣に誰かの気配はないし、
視界にも入ってこない。
しかし途端に
後ろから……腕が伸びてくる。
(っ…!か、壁から手が出て……っ!)
私は動かずに固まったまま、
視界に映る白い誰かの腕を見て
1人 混乱していた。
後ろは確かに…壁だ。
今私が寄っかかっていて
壁の感触がある。
ということはこれは───
(…妖、力……?)
私がそんなことを考えていると
再び耳元で声がして、
思わず 肩をビクッ!と揺らせた。
「騒がないでもらいたい。
…まだ奴には気付かれてはいけないんだ。」
「っ……な、何…?」
何がどうなっているのか
わけがわからないけれど、
私はとりあえず
その声の主の指示に従って
騒がずに、静かに質問をする。
すると声の主は
壁から出ている手を動かして、
私の視界を塞いできた。
そしてもう片方の手を
私の首元に持って行って、
親指以外の4つの指を揃え
私の首へ そっ---と当てる。
「な……何をする気で………っ。」
「安心しろ。
お前にとっても好都合なものだ。」
それだけ言うと
声の主は何やら呪文のようなものを
唱え始めて
そしてそれから…
私の首筋に置いた指に 力を込めた。
そして
何か呪文を唱えると同時に
私の中に…熱い何かが、入ってくる。
(っ…! 何、これ……!?)
私はそれを感じた瞬間に
力を振り絞って
その腕から逃れ、少し離れた畳の上へ倒れ込む。
そして咄嗟に 指が置かれていた場所に
自分の手を当てた。
指が食い込んだ──?いや、違う。
けれど体に
何か入り込んだ感覚は間違いなく感じた。
……何を、したの…っ?
「っ……視界も、変な感じに…。」
「案ずるな。
少々意識が飛ぶだろうが、起きた頃にはいつもと何ら変わらない。」
───ただお前は、体に従えば良い。
遠のく意識の中で
私にそう言う声が聞こえて
薄っすら見えた視界に
こちらを覗き込む『誰か』を見た。
………白い、狐……?
私はそれをはっきり認識する前に
静かに 意識を手放した。