アナタのその恋、回収します
プロローグ
夕食後の一家団らん……
ホームドラマで見かけるような平和な日常。
失うことなんか微塵も想定せず、
こんな毎日がこれからも続くと誰もが思い込んでいる。
何の根拠もないのに……

私だって例外じゃなかった。
そう、「あの人」がやってくるまでは……

「彼は現代の和製ダ・ヴィンチと評しても過言ではありません」
リビングのテレビで絵の批評をしている「鳥居坂一郎」は、
私の通う青都大学の理事長で、教育学の権威だ。
規律や責任の遵守と個性の尊重のバランスを重んじた理事長の教育理論は、
今や世の支持を集めている。
向こうは私の事なんて顔も名前も知らないだろうけど。

「なぁサキ、お前のとこの理事長先生、忙しそうだなぁ」
湯呑のお茶をすすりながら父が言った。
私は煎餅をひと口かじり、バリボリと頬張りながら返す。
「テレビの仕事が増えちゃってから、大学であまり見かけなくなったよ」
理事長は最近コメンテーターとしてあちこちのメディアに引っ張りだこなのだ。

「奇をてらった部分もなく、一見絵画の王道のように感じられるタッチですが、その裏に隠されているメッセージ性が非常に強いと思いますね」
絵を絶賛する理事長先生に、番組の司会者がカウンター上にフリップを出す。
「この絵を描いたのが、こちら……宮嶋碧(みやじま あおい)さん、まだ26歳なんですね〜」
フリップボードには微かに笑みを浮かべる青年の写真と簡単なプロフィール。
(世の中には絵の上手いイケメンもいるもんだね……)
端正でどこか甘い顔立ちは、そこらのアイドルにも劣らない……と、私は思う。

「やだぁ、イケメン!」
キッチンからエプロンを外しながらやってきた母が、テレビを見て声を上げた。
「もう、お母さんてばすぐそれなんだから」
「アンタこそそんな無関心だから未だに彼氏もできないのよ」
「それとこれとは別問題ですよーだ!」

笑っちゃうような話だけれど、俗に言う「彼氏いない歴=年齢」とは、
まさに私のためにあるようなフレーズだ。
「ハハッ、父親としてはそれくらいの方が安心だがなぁ」
イケメンに騒ぐ母とお茶をすすりながら笑う父。
これが我が家の、小林家の日常……



だったのに……
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