アナタのその恋、回収します
私は新藤さんの運転する車の後部座席に乗せられた。
窓には黒いカーテンが取りつけられていて、外の景色は見えない。
(どんな所に連れてかれるんだろ……)
カーテンの端をめくってみたが、暗くてどこを走っているのか皆目見当がつかない。
「これからボスの所に行く」
運転席の新藤さんが言った。
(『ボス』とか、完全に裏社会だ……あり得ない、こんなのあり得ない)
私はひとり首を振る。
(こんなの嫌だ……逃げよう、車が停まったら飛び降りて交番でも探して……)
「小林サキ」
突然名前を呼ばれ、後ろめたさに肩がびくりと跳ねた。
「い、いきなり何ですか」

「逃げようなどと安易に考えないことだ」
「……っ!」
(バレてる……)
私はそっとカーテンの端をつまむ指を放す。

「我々も数ある組織の端くれ、あらゆる方面への根回しは怠っていない」
「どういう意味ですか……」
「君が弱者の味方と信じている司法の世界にも、組織の手先はいるということだ」
さすが「裏社会」、普通の社会のルールは適用外らしい。
「脅しですか……」
「脅しなどという姑息なことはしていないし、するつもりもない。客観的事実を述べたまでだ」
(十分脅しだってばっ!)

(要するに、私に逃げ場はないってことね……)
なすすべなくぼんやりと見つめた漆黒の窓ガラスには、今にも泣き出しそうな私の顔が映る。

「……到着までまだ時間がある。泣くなら今のうちだ」
「……っ!?」
意外過ぎる言葉に私は運転席を凝視した。
「たとえ望まれずにこの世に生を受け、挙句捨てられたとしても、そんなものを受け入れる必要などない。受け入れるなど到底無理だ」
(新藤さん……?)
バックミラーに映る新藤さんの表情はどこか苦しげで、彼の発する言葉は、まるで新藤さん自身に言い聞かせているかのようだ。

「君の『管理者』は我が社だが、君の『両親』は売春婦と彼女の客ではなく小林家の御夫妻……違うか?」
(新藤さんは認めてくれるんだ……お父さんとお母さんを「顧客」じゃなくて「両親」だって。私を、小林家の娘だって……)
「……そう、です……」
新藤さんの口から私の両親のことが語られると同時に、両親の笑顔が脳裏に甦り、視界がぼやける。

「ボスはビジネス関してはシビアなお方だ。顧客の前で泣いたりしたら、ただでは済まされないだろう……」
バックミラー越しに、ほんの一瞬だけ新藤さんと視線がかち合った。
「腫れあがった瞼くらい俺がいくらでもごまかしてやる。だから……ここで一生分泣いていけ」

……不思議だった。
私の意思とは無関係に、新藤さんの魔法の呪文で私の涙腺は一気に崩壊していく。
「うっ……ううっ……!」
新藤さんは、私が大人しくなるまで黙って運転を続けた……
< 6 / 13 >

この作品をシェア

pagetop