恋してバックスクリーン

③

別になにもやましいことはないのに。なんとなく気まずいまま、朝を迎えた。

「今日、会社の飲み会やから。ごめん」

静かに朝食をとりながら、寿彦さんに伝えた。

「……本当に？」

寿彦さんがなぜか私を疑っていた。

「ホンマやって！ この店で、十九時から二時間。嘘やと思うなら、来て？」

少しイラつきながら、飲み会の予約をしたときにもらった名刺を渡した。寿彦さんは、黙ってそれを受け取った。

「ごちそうさま！ 私、今日は早く出るから」

そう言って、席を立った。昨日から寿彦さんはなんで私を疑っているのやろうか。今まで私の行動に無関心そうやったのに……。

そう思いながら、歯を磨く。ゴシゴシと、歯を磨く手に力がこもる……。

ふと鏡に目をやると、相変わらず無表情な寿彦さんがこちらを見ている姿が映っていた。

「ごめん、ごめん、すぐ終わるから」

歯磨き粉を口にいっぱいためたまま、なんとか話しかけると、すぐに水で口をすすいだ。歯はすっきりしたけれど、気分はすっきりしない……。

「どうぞ」

タオルで口を拭きながら、洗面所を寿彦さんに譲った。それなのに、微動だにしない。

「ん？ どうしたん？」

そう言ったとほぼ同時に、寿彦さんが私を自分の胸に引き寄せていた。

「寿彦さん？」

名前を呼んでも返事はない。ただ、寿彦さんの胸の鼓動が聞こえているだけ。朝からイラつかされたり、ドキドキさせられたり……。ホンマ、困った人。

しばらくすると寿彦さんは、なにごとも
なかったかのように私から離れると、歯を磨き始めた。

「ほな、私、用意したら出かけるから」

そうひと言、言い残すと、洗面所から離れた。


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