恋してバックスクリーン
日報を書き終えると、穂花が待つ更衣室へと向かった。

「穂花、待たせてごめんね」

「いいよ。準備したら行こう? 涼介くんがビルの裏に車を停めて待ってる」

……と言うことは。すぐ近くに寿彦さんがいるのか。いまさら、緊張してきた。

急いで準備をすると、エレベーターで一階に降りた。エレベーターのドアが開いた瞬間、ハッと息を飲んだ。

「お疲れ様、莉乃ちゃん」

エレベーターの前で、加茂さんが待っていた。

「キミ、悪いんだけれど、莉乃ちゃんには先約があって」

「えっ!?」

そう言われた穂花は、驚いた表情を見せて後ずさりをした。その隙に、私は強引に腕を掴まれて、ビルの裏出口に連れて行かれた。

「加茂さん! 私、お約束していません!」

「いいの。オレが決めたから。車は裏に停めてある」

加茂さんは、私の腕を掴んだまま、ガラスのドアを押し開けると、ビルの裏口に出た。掴まれた腕が痛い。怖くて、涙目になった。

「加茂さん」

聞き覚えのある低い声が呼び止めると、加茂さんが手を離して、立ち止まった。

寿彦さん! その名前を呼ぶ、声も出ない。こらえていた涙がポロポロとこぼれた。

「莉乃ちゃんに、なにをするつもりですか?」

「なにって? これからデートですよ」

言葉にならないまま、ブンブンと首を横に振ると、寿彦さんは小さくうなずいた。

「莉乃ちゃんは、大切な女性です。あなたに渡すわけにはいかない」

寿彦さんがそんなこと、言ってくれるだなんて! うれしさのあまり、息が止まりそうなくらいだ。

「でも、恋愛なんて弱肉強食ですよ? 法に触れるわけでもない。デートくらい、いいじゃないですか?」

加茂さんも、負けてはいない。あくまで冷静に、言葉を放った。

「莉乃ちゃんは、オレの彼女です。彼女をたぶらかすような真似、やめていただけませんか?」

寿彦さんの口から『彼女』という言葉を、初めて聞いた。寿彦さんが私を『大切な彼女』と思ってくれていること、初めて知った。

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