恋してバックスクリーン
試合観戦を終え、たくさんの人がゾロゾロと出口に向かい始めた。でも、寿彦さんはなかなか席を立とうとはしなかった。

「莉乃ちゃん」

「はい!」

突然、名前を呼ばれると、なんだか緊張して背筋がピンと伸びた。

「紙袋の中……」

「あ、うん! 見たよ! 指輪……」

寿彦さんと、視線がぶつかる。私からごちゃごちゃ言うのはやめようと、口をつぐんだ。

「……誰にも、取られたくなくて」

「うん」

「……オレだけのものにしたくて」

「うん」

「だから、その指輪は、そういうことで」

「そういうこと……って?」

……寿彦さん、そこはちゃんと言ってほしい……。いじわるなのかもしれないけれど、聞き返した。

「だから、あの……うん……」

落ち着きなく、視線が泳ぎだす。それでも、私は待っていた。寿彦さんからの、大切な言葉を待っていた。

「莉乃ちゃん」

もう一度、名前を呼ばれると、視線がぶつかった。すうっ、と小さく深呼吸をしてみせた。

「オレなんかで良ければ」

「うん」

あ、あかん。まだ泣いたりしたら……。グッと唇を噛んで、なんとか堪えた。

「すみません、お客様! スタジアム内の清掃が始まりますので……」

「あ、すみませんでした」

スタッフに誘導され、慌ててスタジアムの外に出た。

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