オカルト研究会と龍の道
第6章 生徒会室の戦い
第1幕
「これは一体どういうつもり?」
生徒会長と自らとを隔てる長机。その上に乱雑に重ねられたオカ研新聞最新号を七瀬はびしっと指差した。画鋲も抜かないまま無理やり剥がされたのだろう。どれもが角を失いしわを重ね、もはや新聞として張り出すことができないほど無残な様を晒していた。
夏休みが明けたばかりの生徒会室に気まずい沈黙が漂う中、生徒会長だけは違っていた。自分専用のパイプ椅子に深々と腰をおろし、感情をどこかへ置いてきてしまったかのような無表情で七瀬を見上げている。隣にいる栞は怯える様子こそないものの、やはり硬い表情を浮かべたまま机に視線を落としている。
しんと静まり返る部屋の中、七瀬は真向かいに仁王立ちし戦う気満々で生徒会長を見据えている。優馬は、隣から七瀬と生徒会長の様子をうかがっていた。
──大丈夫だろうか。
優馬が抱いているのは、頼もしさよりも危うさだった。全身が膨れ上がるくらいの熱量を抱える半面、今にも粉々に砕け散ってしまうんじゃないか。そんな感覚が頭から離れない。自然と、七瀬がオカルト研究会に入部した日のことが思い浮かんだ。
「まったく、アポも取らずにいきなり押しかけてきたかと思えば……そんなことか」
生徒会長は、いかにも呆れたという風に両腕を広げて見せた。だが大げさな身ぶりとは対照的に、相変わらずの無表情を貫いている。
これだけでも十分な違和感ではあったが、優馬にはむしろ別のことが気にかかって仕方がない。生徒会長の片目は眼帯によって隠されたままで、先日頬に当てられていた絆創膏はさらに一回り大きくなっている。長袖シャツを着ているのも変わらない。つまり僅かながらではあるものの、さらに体を覆う面積が増えている。
「そんなこととは何よ。オカ研新聞は私たちが活動した何よりもの成果じゃない。なのにどうして断りもなくこんな乱暴なやり方で撤去していいのかって聞いてるのよ」
言うだけではなお足りない、とばかりに七瀬はばんばんと机を手のひらで叩いた。
新聞の内容は若葉から聞いた龍神伝説に関する話をまとめたもので、紙面全てを費やした一大特集になっている。活動停止明けからの一週間足らずで資料を集め、内容をまとめ、紙面を作り、印刷まで済ませ昨日ようやく掲示板に貼り出したばかりだった。
「どうしてくれるのよ! もう用紙がなくなっちゃったじゃない!」
新聞発行用の用紙は、その都度学校側に申請し必要な分だけを支給される仕組みになっている。オカルト研究会には予算がないため、一旦発行した記事についてはやり直しが利かないのだ。
「ほう? なおさらいいではないか。こんな仮説にもならん、嘘八百ばかり並べ立てたでたらめのチラシなど生徒たちの目に触れる時点で罪だ。そもそも何だこの『龍神伝説は嘘だった!』という見出しは。自分たちが賭けに勝てないことへの言い訳のつもりか?」
「新聞の真偽なんてどうしてあんたに分かるのよ。こっちだって色々調べた上で書いてるんだから。勝手に嘘って決めつけないでくれる? あと新聞よ。チラシじゃないわ」
「同じ」
「同じじゃない!」
生徒会長の言葉を遮り、七瀬は再び机を叩く。
だがそんな反応をいなすかのように、生徒会長は表情を崩さない。周りの者たちはただなりゆきを見守るだけで、もはや口を差し挟むことすら許されない。
そんな中、優馬は予想が当たってしまったことに対してひどく落胆していた。
鼻血である。
最近は何かと出血するので予防的に鼻に脱脂綿を詰めていた。生徒会室に来る時はどうもろくなことがない、という極めて経験論的かつ悲観的な予感が的中していた。
様々な感覚が渦を巻き、互いに混ざりながら優馬の心を駆け巡る。あたかも、光を浴びた時に見た灰色の雲のようでもあった。
けれども優馬の心境など全くお構いなしで七瀬は話を続ける。
「まず、この新聞がでたらめだっていう根拠はなんなのよ」
「ふん。答えるまでもない」
「答えなさいよ」
「分からんのか。まあいい」
会長は聞えよがしに舌打ちすると、さも面倒臭そうにため息を吐きながらゆっくりと身体を起こした。
「さも自分たちの目で確かめたように書いてはあるが、こんなものは全て憶測に過ぎん。だいたい根拠となるべき証拠は何だ? 何一つ示されてはいないではないか。タイムトリップでもしたつもりか知らんが、学校よりは病院に行くことを勧めたいくらいだ。だいたい、神社の由来に関わることなどは専門家に任せるべき問題であって、お前らのごとき素人風情が踏み込むべきではない。分かったか」
「いいえ。全っ然分からないわね」
「なにぃ?」
それまで抑制を利かせていた生徒会長の顔面に、ようやく明確な苛立ちの表情が浮かぶ。
本心を代弁するかのように、頬の筋肉が細かく震えている。
「オカルト研はやることなすこと全てでたらめばかりだ。今までも散々バカげた記事をでっち上げてくれたものだが、ついには町の守り神である龍神までをも冒涜するとはな。今までは内容がないだけに無害と判断していた。しかし今回ばかりは見過ごせん」
「はぁ? 冒涜って何の話よ」
挑発的な七瀬の物言いに、生徒会長はガキンと音がしそうなほど鋭い目で七瀬を睨みつけた。
「龍神伝説は嘘だったなどといい加減なことを書きたてておいて知らねえとはいい身分だなぁおい!」
それだけでは足りなかったのか、会長は固く握りしめた拳を振り上げドン! と机に叩きつけた。
「ひっ」
役員の誰かが悲鳴を上げる。そんな一連のやりとりにも、七瀬は眉一つ動かさない。
「答えなさいよ」
追い打ちをかけるように、七瀬の言葉には容赦がなかった。
「誰が龍神伝説にケチを付けろと言った。お前らは黙って調査だけしていればいいんだ」
「何? 答えられないわけ?」
「まだ分からねえのか」
生徒会長はゆらり立ち上がった。
「余計なことをするなと言ってるんだ! クソ共が!」
生徒会長が言い放った途端、部屋の空気が凍りついた。突然のことに優馬は思わず身震いすると、そのまま落ち着きなく身体を擦り合わせながら合わせた両手に息を吹きかけた。
比喩でも何でもなく、部屋は凍てついた空気で満たされていた。
生徒会長が息を吐き出すたび、凍えるような冷気が優馬を包む。異状を感じたのは七瀬も同じだった。
(ねえ、どうなってるの?)
半袖から伸びる細い二の腕を擦りながら小声でそう問いかけてくる。
(分からない)
優馬は黙って首を振った。
七瀬の向こう、白い息を吐き出しながらお互いを見合う役員たちの顔には申し合わせたかのように戸惑いの表情が浮かんでいる。そのうちの一人が遠慮がちに空調を止めたもののどうにもならなかった。汚れ一つなかった窓ガラスは結露で一瞬にして曇り、外を見渡すことは叶わない。
生徒会長はこれ以上我慢ならぬとばかりに立ちあがると、勢いのまま思い切り机を蹴飛ばした。部屋にいた全ての者が見守る中、三人用の長机が空中を吹っ飛び、床に跳ね返り、耳障りな音を響かせながら優馬のすぐ目の前まで転がって来た。
一緒に時間も止まってしまったかのように生徒会室はしん、と静まり返る。
──あの人は本当に会長だろうか。
目の前の机を見つめる一方、優馬は強い違和感を覚え始めていた。いや、目の前にいる男子生徒が生徒会長であることには間違いない。神社での一件の後、優馬を呼び出した会生徒長は確かに人を人とも思わない、傲慢そのものの人物だったのだから。
とはいえ、あの時でさえ栞が部屋に入ってきてからは違っていた。確かにプライドの高さを感じさせる傲慢さはあったものの、順を追って話せば十分通じるものを感じさせたのだ。けれども今の生徒会長からはまるで感じられない。
鳥肌になってしまった背中を冷たい汗が伝い落ちる。大急ぎで新聞を作った疲労の残る胃がキリキリと痛んだ。
優馬は、生徒会長から感じるものに覚えがあった。神社での七瀬の一件について呼び出されたあの時、栞が割って入るまで感じていたのとよく似ている。けれども、あの時感じたよりもずっと冷たく、重い。むしろ、神社の奥で出会った恐怖そのものだった。
だとしたら、一体どちらが本物なのか。余りに両極端ではないか。それともどちらも本物なのか。さらには、神社の時と同じ恐怖を感じさせる生徒会長は一体何者なのか。
にわかには答えが出ようもない疑問を抱きつつ、目を付けられないように慎重に慎重を重ねながら居合わせる者の様子をうかがってみた。が、それも杞憂にすぎなかった。生徒会長は七瀬しか見ておらず、他の役員たちは申し合わせたように俯くばかり。誰も優馬のことなど見てはいない。
優馬は、恐る恐る生徒会長の顔を盗み見た。だが横目に見るだけでははっきりと見えない上に、顔の雰囲気にはどこか違和感があった。一体何がと思いながら目を凝らすこと数秒。思わず上げそうになった声を寸でのところで飲みこんだ。
生徒会長の片目を覆う眼帯。その白い布地の下からドス黒い何かが這い出していたのだ。生きたタコの足のようなものが放射状に広がり、生徒会長の鼻や頬をひたひたとまさぐっている。
本当に眼窩にタコが棲みついているかのようだった。なおも優馬が目を逸らさずにいると、それまで我が物顔でいたタコ足は視線から逃れるように眼帯の下へと隠れてしまった。
生徒会長と自らとを隔てる長机。その上に乱雑に重ねられたオカ研新聞最新号を七瀬はびしっと指差した。画鋲も抜かないまま無理やり剥がされたのだろう。どれもが角を失いしわを重ね、もはや新聞として張り出すことができないほど無残な様を晒していた。
夏休みが明けたばかりの生徒会室に気まずい沈黙が漂う中、生徒会長だけは違っていた。自分専用のパイプ椅子に深々と腰をおろし、感情をどこかへ置いてきてしまったかのような無表情で七瀬を見上げている。隣にいる栞は怯える様子こそないものの、やはり硬い表情を浮かべたまま机に視線を落としている。
しんと静まり返る部屋の中、七瀬は真向かいに仁王立ちし戦う気満々で生徒会長を見据えている。優馬は、隣から七瀬と生徒会長の様子をうかがっていた。
──大丈夫だろうか。
優馬が抱いているのは、頼もしさよりも危うさだった。全身が膨れ上がるくらいの熱量を抱える半面、今にも粉々に砕け散ってしまうんじゃないか。そんな感覚が頭から離れない。自然と、七瀬がオカルト研究会に入部した日のことが思い浮かんだ。
「まったく、アポも取らずにいきなり押しかけてきたかと思えば……そんなことか」
生徒会長は、いかにも呆れたという風に両腕を広げて見せた。だが大げさな身ぶりとは対照的に、相変わらずの無表情を貫いている。
これだけでも十分な違和感ではあったが、優馬にはむしろ別のことが気にかかって仕方がない。生徒会長の片目は眼帯によって隠されたままで、先日頬に当てられていた絆創膏はさらに一回り大きくなっている。長袖シャツを着ているのも変わらない。つまり僅かながらではあるものの、さらに体を覆う面積が増えている。
「そんなこととは何よ。オカ研新聞は私たちが活動した何よりもの成果じゃない。なのにどうして断りもなくこんな乱暴なやり方で撤去していいのかって聞いてるのよ」
言うだけではなお足りない、とばかりに七瀬はばんばんと机を手のひらで叩いた。
新聞の内容は若葉から聞いた龍神伝説に関する話をまとめたもので、紙面全てを費やした一大特集になっている。活動停止明けからの一週間足らずで資料を集め、内容をまとめ、紙面を作り、印刷まで済ませ昨日ようやく掲示板に貼り出したばかりだった。
「どうしてくれるのよ! もう用紙がなくなっちゃったじゃない!」
新聞発行用の用紙は、その都度学校側に申請し必要な分だけを支給される仕組みになっている。オカルト研究会には予算がないため、一旦発行した記事についてはやり直しが利かないのだ。
「ほう? なおさらいいではないか。こんな仮説にもならん、嘘八百ばかり並べ立てたでたらめのチラシなど生徒たちの目に触れる時点で罪だ。そもそも何だこの『龍神伝説は嘘だった!』という見出しは。自分たちが賭けに勝てないことへの言い訳のつもりか?」
「新聞の真偽なんてどうしてあんたに分かるのよ。こっちだって色々調べた上で書いてるんだから。勝手に嘘って決めつけないでくれる? あと新聞よ。チラシじゃないわ」
「同じ」
「同じじゃない!」
生徒会長の言葉を遮り、七瀬は再び机を叩く。
だがそんな反応をいなすかのように、生徒会長は表情を崩さない。周りの者たちはただなりゆきを見守るだけで、もはや口を差し挟むことすら許されない。
そんな中、優馬は予想が当たってしまったことに対してひどく落胆していた。
鼻血である。
最近は何かと出血するので予防的に鼻に脱脂綿を詰めていた。生徒会室に来る時はどうもろくなことがない、という極めて経験論的かつ悲観的な予感が的中していた。
様々な感覚が渦を巻き、互いに混ざりながら優馬の心を駆け巡る。あたかも、光を浴びた時に見た灰色の雲のようでもあった。
けれども優馬の心境など全くお構いなしで七瀬は話を続ける。
「まず、この新聞がでたらめだっていう根拠はなんなのよ」
「ふん。答えるまでもない」
「答えなさいよ」
「分からんのか。まあいい」
会長は聞えよがしに舌打ちすると、さも面倒臭そうにため息を吐きながらゆっくりと身体を起こした。
「さも自分たちの目で確かめたように書いてはあるが、こんなものは全て憶測に過ぎん。だいたい根拠となるべき証拠は何だ? 何一つ示されてはいないではないか。タイムトリップでもしたつもりか知らんが、学校よりは病院に行くことを勧めたいくらいだ。だいたい、神社の由来に関わることなどは専門家に任せるべき問題であって、お前らのごとき素人風情が踏み込むべきではない。分かったか」
「いいえ。全っ然分からないわね」
「なにぃ?」
それまで抑制を利かせていた生徒会長の顔面に、ようやく明確な苛立ちの表情が浮かぶ。
本心を代弁するかのように、頬の筋肉が細かく震えている。
「オカルト研はやることなすこと全てでたらめばかりだ。今までも散々バカげた記事をでっち上げてくれたものだが、ついには町の守り神である龍神までをも冒涜するとはな。今までは内容がないだけに無害と判断していた。しかし今回ばかりは見過ごせん」
「はぁ? 冒涜って何の話よ」
挑発的な七瀬の物言いに、生徒会長はガキンと音がしそうなほど鋭い目で七瀬を睨みつけた。
「龍神伝説は嘘だったなどといい加減なことを書きたてておいて知らねえとはいい身分だなぁおい!」
それだけでは足りなかったのか、会長は固く握りしめた拳を振り上げドン! と机に叩きつけた。
「ひっ」
役員の誰かが悲鳴を上げる。そんな一連のやりとりにも、七瀬は眉一つ動かさない。
「答えなさいよ」
追い打ちをかけるように、七瀬の言葉には容赦がなかった。
「誰が龍神伝説にケチを付けろと言った。お前らは黙って調査だけしていればいいんだ」
「何? 答えられないわけ?」
「まだ分からねえのか」
生徒会長はゆらり立ち上がった。
「余計なことをするなと言ってるんだ! クソ共が!」
生徒会長が言い放った途端、部屋の空気が凍りついた。突然のことに優馬は思わず身震いすると、そのまま落ち着きなく身体を擦り合わせながら合わせた両手に息を吹きかけた。
比喩でも何でもなく、部屋は凍てついた空気で満たされていた。
生徒会長が息を吐き出すたび、凍えるような冷気が優馬を包む。異状を感じたのは七瀬も同じだった。
(ねえ、どうなってるの?)
半袖から伸びる細い二の腕を擦りながら小声でそう問いかけてくる。
(分からない)
優馬は黙って首を振った。
七瀬の向こう、白い息を吐き出しながらお互いを見合う役員たちの顔には申し合わせたかのように戸惑いの表情が浮かんでいる。そのうちの一人が遠慮がちに空調を止めたもののどうにもならなかった。汚れ一つなかった窓ガラスは結露で一瞬にして曇り、外を見渡すことは叶わない。
生徒会長はこれ以上我慢ならぬとばかりに立ちあがると、勢いのまま思い切り机を蹴飛ばした。部屋にいた全ての者が見守る中、三人用の長机が空中を吹っ飛び、床に跳ね返り、耳障りな音を響かせながら優馬のすぐ目の前まで転がって来た。
一緒に時間も止まってしまったかのように生徒会室はしん、と静まり返る。
──あの人は本当に会長だろうか。
目の前の机を見つめる一方、優馬は強い違和感を覚え始めていた。いや、目の前にいる男子生徒が生徒会長であることには間違いない。神社での一件の後、優馬を呼び出した会生徒長は確かに人を人とも思わない、傲慢そのものの人物だったのだから。
とはいえ、あの時でさえ栞が部屋に入ってきてからは違っていた。確かにプライドの高さを感じさせる傲慢さはあったものの、順を追って話せば十分通じるものを感じさせたのだ。けれども今の生徒会長からはまるで感じられない。
鳥肌になってしまった背中を冷たい汗が伝い落ちる。大急ぎで新聞を作った疲労の残る胃がキリキリと痛んだ。
優馬は、生徒会長から感じるものに覚えがあった。神社での七瀬の一件について呼び出されたあの時、栞が割って入るまで感じていたのとよく似ている。けれども、あの時感じたよりもずっと冷たく、重い。むしろ、神社の奥で出会った恐怖そのものだった。
だとしたら、一体どちらが本物なのか。余りに両極端ではないか。それともどちらも本物なのか。さらには、神社の時と同じ恐怖を感じさせる生徒会長は一体何者なのか。
にわかには答えが出ようもない疑問を抱きつつ、目を付けられないように慎重に慎重を重ねながら居合わせる者の様子をうかがってみた。が、それも杞憂にすぎなかった。生徒会長は七瀬しか見ておらず、他の役員たちは申し合わせたように俯くばかり。誰も優馬のことなど見てはいない。
優馬は、恐る恐る生徒会長の顔を盗み見た。だが横目に見るだけでははっきりと見えない上に、顔の雰囲気にはどこか違和感があった。一体何がと思いながら目を凝らすこと数秒。思わず上げそうになった声を寸でのところで飲みこんだ。
生徒会長の片目を覆う眼帯。その白い布地の下からドス黒い何かが這い出していたのだ。生きたタコの足のようなものが放射状に広がり、生徒会長の鼻や頬をひたひたとまさぐっている。
本当に眼窩にタコが棲みついているかのようだった。なおも優馬が目を逸らさずにいると、それまで我が物顔でいたタコ足は視線から逃れるように眼帯の下へと隠れてしまった。