オカルト研究会と龍の道
幕間1 姫野栞
ついに生徒会長が隠し続けてきたものの正体が明らかになる。
栞は強い昂ぶりを抑えることができないでいた。
生徒会長についてはずっと腑に落ちない、気持ちの悪いものを感じていた。生徒会長が何かを隠していることにはずっと前から気付いていた。けれども少しでも核心に迫ろうとする度に距離を置かれてきた。
もうどれだけ納得のいかない想いを重ねたか分からない。どれだけ寂しい想いを重ねたか分からない。今まさに、苦しみの元凶となっているものの正体が明らかになろうとしている。
だからこそ、退席を求められてはいそうですかと言うわけにはいかなかった。
自分は生徒会長の一番近くにいながら、これまで何一つ知らされてはいなかった。だったら、自分が生徒会長の話を聞くことに一体何の不都合があるのか。退席するどころか、むしろ居座るくらいの気持ちでいた。
意地もあった。なぜ七瀬が当たり前のようにこの部屋に居残り、自分がのこのこ出て行かなければいけないのか。気に入らなかった。悔しかった。
生徒会長は自分に対して隠しごとをする一方で七瀬のこととなると途端に目の色を変えるのだ。すぐ目の前にいるはずの自分を忘れ、七瀬をやりこめることばかりに夢中になってしまう。
七瀬は優馬を夢中にさせただけでなく生徒会長までも自分から奪おうと言うのか。こんなことが許されていいのか。七瀬がいなくなってからというもの、中学を卒業するまでのあいだずっと優馬を見てきた。なのに傍には行けなかった。優馬の中に余りにも強く七瀬が居座っていたから。
原因は、優馬が淵へ飛び込み鼻血を出しながら気絶した日にあった。
誰が何と言おうと、優馬の勇気を一番最初に認めたのはこの自分なのだ。少なくとも七瀬などでは決してない。このことには強い自負があった。
優馬が淵に飛び込んだあの日、栞は岸辺の日陰から優馬の姿を同情混じりに見上げていた。
──可哀想に。
これが、優馬に対して抱いた最初の気持ちだった。
優馬は周りの子たちから盛んにからかわれ、挑発されていた。栞はそんな子どもたちのことを心底恥ずかしいと感じていた。自分が彼らの同類と思われるのは嫌だった。だからこそ、優馬を囲む輪から少し離れていきさつを見守っていた。
優馬をはやし立てているのは、単に都会からやってきた優馬が妬ましいだけなのを表立って言えないが故の嫌がらせでしかない。栞は、子どもたちが自分でも気付けずにいる下卑た心理を正確に読み取っていた。
だからこそ、優馬が鼻血を出して気絶してしまったことは周りの子どもたちにとって思いもよらぬ幸運だったに違いない。あの時もしも優馬が平然と岸まで上がってきたとしたら、彼らの面目は丸つぶれにされていたのだから。
彼らは優馬に感謝こそすれ、見下す資格など欠片もありはしないのだ。対照的に、あの高さを飛び込んで見せた優馬の姿は眩しかった。他の子たちとは違う。そう直感した。
にも関わらず、気を失った優馬の傍にいたのは栞ではなく七瀬だった。何故あの時何が何でも優馬を助けに行かなかったのか。崖の上にいたはずの七瀬に先手を許してしまったのか。何度も思い返し、苦しみ続けた。
あの日の行動が違っていれば、七瀬に繋がれた糸は自分へ向けられていたかもしれない。後になってからいくら考えたところでどうしようもないことを、無限回廊のようにぐるぐると考え続けた。
七瀬が引っ越してからもなお、優馬の心の中には七瀬が亡霊のように居座っていた。優馬は名前すら知らされることのなかった少女に惹かれ続けていた。性質が悪いことには、優馬自身にその自覚がなかった。
優馬に近づこうとすればするほど、果てしない隔たりを思い知らされた。だからこそあえて距離を置き、優馬と関わらないように過ごしてきた。
得意なこともないからただ勉強に励んでいたら、いつの間にか優等生扱いされるようになっていた。別にお高く止まりたかったわけでも何でもない。何かに没頭していなければ、耐えられなかっただけなのだ。全くもって自分の意思に逆らった、矛盾した態度だった。
それでも高校に入り、生徒会の一員になり、生徒会長と出会うことで長い葛藤からようやく解放された。心の傷も癒え、止まっていた人生が動き出すのを心の底から実感した。人に接することにも前向きになれた。
なのに七瀬は今さらぶり返そうと言うのか。
この期に及んで再び現れ、またしても優馬を独り占めにしてしまう。そんなことを天真爛漫にやってのける七瀬の存在が許せなかった。優馬のことで一体どれほど自分が苦しんできたか。ほんの一部だけでも思い知らせてやりたかった。いや、七瀬がありとあらゆるもの、仮に神から許されたとしても自分だけは許すわけにいかなかった。
だからこそ、またしても自分だけ蚊帳の外などということは断じて認められなかった。
自分の行動が極めて我がままなものでしかないことくらい、嫌というほど分かっている。けれども散々はぐらかされ続けてきた分、今だけは我を通してもいいはず。そう思っていた。
何故生徒会長は自分に隠してきたものを優馬たちには話すのか、納得いかないものを感じていた。と同時に、何か重大な意味合いがあるのかもしれないという予感もあった。
生徒会長と優馬たちとのやり取りを見た上で、自分の取るべき立ち位置を見極めたい。これが栞の、現時点での率直な気持ちだった。
栞は強い昂ぶりを抑えることができないでいた。
生徒会長についてはずっと腑に落ちない、気持ちの悪いものを感じていた。生徒会長が何かを隠していることにはずっと前から気付いていた。けれども少しでも核心に迫ろうとする度に距離を置かれてきた。
もうどれだけ納得のいかない想いを重ねたか分からない。どれだけ寂しい想いを重ねたか分からない。今まさに、苦しみの元凶となっているものの正体が明らかになろうとしている。
だからこそ、退席を求められてはいそうですかと言うわけにはいかなかった。
自分は生徒会長の一番近くにいながら、これまで何一つ知らされてはいなかった。だったら、自分が生徒会長の話を聞くことに一体何の不都合があるのか。退席するどころか、むしろ居座るくらいの気持ちでいた。
意地もあった。なぜ七瀬が当たり前のようにこの部屋に居残り、自分がのこのこ出て行かなければいけないのか。気に入らなかった。悔しかった。
生徒会長は自分に対して隠しごとをする一方で七瀬のこととなると途端に目の色を変えるのだ。すぐ目の前にいるはずの自分を忘れ、七瀬をやりこめることばかりに夢中になってしまう。
七瀬は優馬を夢中にさせただけでなく生徒会長までも自分から奪おうと言うのか。こんなことが許されていいのか。七瀬がいなくなってからというもの、中学を卒業するまでのあいだずっと優馬を見てきた。なのに傍には行けなかった。優馬の中に余りにも強く七瀬が居座っていたから。
原因は、優馬が淵へ飛び込み鼻血を出しながら気絶した日にあった。
誰が何と言おうと、優馬の勇気を一番最初に認めたのはこの自分なのだ。少なくとも七瀬などでは決してない。このことには強い自負があった。
優馬が淵に飛び込んだあの日、栞は岸辺の日陰から優馬の姿を同情混じりに見上げていた。
──可哀想に。
これが、優馬に対して抱いた最初の気持ちだった。
優馬は周りの子たちから盛んにからかわれ、挑発されていた。栞はそんな子どもたちのことを心底恥ずかしいと感じていた。自分が彼らの同類と思われるのは嫌だった。だからこそ、優馬を囲む輪から少し離れていきさつを見守っていた。
優馬をはやし立てているのは、単に都会からやってきた優馬が妬ましいだけなのを表立って言えないが故の嫌がらせでしかない。栞は、子どもたちが自分でも気付けずにいる下卑た心理を正確に読み取っていた。
だからこそ、優馬が鼻血を出して気絶してしまったことは周りの子どもたちにとって思いもよらぬ幸運だったに違いない。あの時もしも優馬が平然と岸まで上がってきたとしたら、彼らの面目は丸つぶれにされていたのだから。
彼らは優馬に感謝こそすれ、見下す資格など欠片もありはしないのだ。対照的に、あの高さを飛び込んで見せた優馬の姿は眩しかった。他の子たちとは違う。そう直感した。
にも関わらず、気を失った優馬の傍にいたのは栞ではなく七瀬だった。何故あの時何が何でも優馬を助けに行かなかったのか。崖の上にいたはずの七瀬に先手を許してしまったのか。何度も思い返し、苦しみ続けた。
あの日の行動が違っていれば、七瀬に繋がれた糸は自分へ向けられていたかもしれない。後になってからいくら考えたところでどうしようもないことを、無限回廊のようにぐるぐると考え続けた。
七瀬が引っ越してからもなお、優馬の心の中には七瀬が亡霊のように居座っていた。優馬は名前すら知らされることのなかった少女に惹かれ続けていた。性質が悪いことには、優馬自身にその自覚がなかった。
優馬に近づこうとすればするほど、果てしない隔たりを思い知らされた。だからこそあえて距離を置き、優馬と関わらないように過ごしてきた。
得意なこともないからただ勉強に励んでいたら、いつの間にか優等生扱いされるようになっていた。別にお高く止まりたかったわけでも何でもない。何かに没頭していなければ、耐えられなかっただけなのだ。全くもって自分の意思に逆らった、矛盾した態度だった。
それでも高校に入り、生徒会の一員になり、生徒会長と出会うことで長い葛藤からようやく解放された。心の傷も癒え、止まっていた人生が動き出すのを心の底から実感した。人に接することにも前向きになれた。
なのに七瀬は今さらぶり返そうと言うのか。
この期に及んで再び現れ、またしても優馬を独り占めにしてしまう。そんなことを天真爛漫にやってのける七瀬の存在が許せなかった。優馬のことで一体どれほど自分が苦しんできたか。ほんの一部だけでも思い知らせてやりたかった。いや、七瀬がありとあらゆるもの、仮に神から許されたとしても自分だけは許すわけにいかなかった。
だからこそ、またしても自分だけ蚊帳の外などということは断じて認められなかった。
自分の行動が極めて我がままなものでしかないことくらい、嫌というほど分かっている。けれども散々はぐらかされ続けてきた分、今だけは我を通してもいいはず。そう思っていた。
何故生徒会長は自分に隠してきたものを優馬たちには話すのか、納得いかないものを感じていた。と同時に、何か重大な意味合いがあるのかもしれないという予感もあった。
生徒会長と優馬たちとのやり取りを見た上で、自分の取るべき立ち位置を見極めたい。これが栞の、現時点での率直な気持ちだった。