嫌味は愛の裏返し
嫌味は右から左へと
いち
「あーあ、また残業? そんなに仕事が好きなの?」
定時などとっくに過ぎた社内。
私が1人黙々と仕事を片付けていると、嫌味な声が投げかけられた。
私は反応することなく、仕事を続ける。
「シカト? 感じ悪いなあ。ねえ、そんなに急ぎの仕事なの?」
無視。
「ねーえ、ねえ!」
無視。
「……上原さん」
「ぎゃあああああ!!!!」
突然耳元で吐息とともに囁かれた声に、私は色気のない声をあげて立ち上がった。
「ぎゃあああって……、もう少し可愛い声を期待してたのに……」
呆れたように肩をすくめた嫌味たらしいその男、齋藤 和弥(さいとう かずや)は、私の上司だ。
大手の化粧品会社として、最近業界でもトップに名を連ねているこの会社の中でも、一際腕の良い人材として知られている。
敏腕と言って差し支えない業績と、貪欲に仕事に向き合う姿勢が上に評価されているらしい。
おまけに世の女性を虜にする涼やかな美貌と、その人懐こさから、社内の女性からの好感度はぶっちぎりなのだ。
でも、私はこの人が大の苦手だ。
正確には、この人の、私にだけ嫌味たらしい口調で構ってくるその性格が。
「齋藤課長、仕事中です。用がないのでしたらお帰りください」
真面目くさった声で言いながら、ズレた厚底の眼鏡を押し上げる私に、齋藤課長は切れ長の瞳を細める。
「言われなくてもそのつもりだよ。ただこんな時間まで仕事をしている効率の悪い部下にチョッカイを出しに来ただけで」
本当に、嫌味な人だ。
高身長で足も長く、切れ長の瞳は色気があって、低い声と柔らかな喋り方。
社内で狙っている女は山ほどいるこの男は、いつも私に嫌味を言ってくる。
私が嫌いなのか、ストレス発散なのかは知らないが、いい迷惑だ。
そのせいで、せっかく地味な格好で目立たないようにと頑張っている私に注目が集まることもあるので、本当にたまったものじゃない。
「その仕事、急ぎじゃないんでしょ? なら一緒に帰ろうよ」
「……すみません、課長と一緒に帰る理由はありませんので」
パソコンから目を離すことなく答えた私に、課長は呆れたように首を横に振った。
「あーあ、年頃の女の人が、男からの誘いをそんなに無下にするものじゃあないよ?」