嫌味は愛の裏返し
「興味の無い男性からの誘いであってもですか?」
ずばりと言った私が気に触ったのか、課長は一瞬の間の後、低く喉の奥を鳴らした。
「…………ふーん」
「なんですか?」
課長の長いまつげが伏せられて、頬に影を落とす。
きっと私ではない他の女性が見たのなら、ため息をこぼして腰を抜かしそうなほど色気のあるその光景にも、私の心は動かない。
無表情で見つめる私に、課長はにやりと唇の端をあげた。
「いや……本当に、君って面白いよね、上原さん」
微かに眉をひそめる私にくすりと笑うと、「じゃ、せいぜい残業頑張ってね」と言い残して、課長は部屋を後にした。
後に残ったシトラスの香りを薙ぎ払うようにため息をつくと、私は再び仕事に没頭した。
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チュン、チュンと小鳥の鳴き声が聞こえても、それは気持ちのいい朝なんかじゃない。
ただ昨日の残業の疲れが抜けない身体に、起きろと無情に告げてくるものでしかないのだ。
私は生まれてこの方、1度も染めたことがない黒髪をかきあげ、洗面所に向かった。
鏡に映るのは、もう20年以上も付き合ってきた自分の顔。
特に手入れをしている訳では無いけれど、健康的な範囲で白い肌に、黒目がちの大きな瞳。
ルージュなんかひかなくても紅い唇と通った鼻筋。
世間一般の常識に照らし合わせて言うなら、間違いなく、「美人」の部類に入るこの顔が、
……………私は大嫌いだ。
だからいつもの通り、適当に髪をまとめて厚底の眼鏡をかけて、最低限の化粧だけをして家を出る。
もう何年も、これを繰り返している。
同世代の女の子は、やれオシャレだブランドだのとキラキラしているのに、私と言えばそんなものには目もくれない。
(こんなだから……あの人は私をからかいのネタにしてくるんだろうな……)
周囲に見せるきらびやかな美貌とは裏腹に、私にだけ見せる意地悪な顔を思い出し、ため息が止まらないのだった。