鬼と仮面
灰澤さんが顔を覗き込んでくる。
「……その言葉、結構気にしてますよね。何かあるんですか?」
心配した顔。
この人はもう少し自覚を持った方が良い。
「いや、良いんです。長期戦なんで」
「良いんですか?」
「はい、じゃあ気を付けて帰ってください」
電車が停まる。灰澤さんが振り向いた。
何かを言いたげにこちらを見るけれど、もう好き嫌いの話を聞くのは良い。
後ろの扉が開く。
「あの、次は私の好きな食べ物のお店行きましょうね」
ぽかん、とさせられた。
「ちなみに嫌いなのは春菊です」
そう言って灰澤さんは電車に乗り込む。閉まった扉の中からひらひらと手を振ってきた。
うわ、きゅんとした。
ホームには額を抱える俺だけが残されていた。