鬼と仮面
どうしてそんなことを今聞くのか、と考えた。そういえば、「トラウマ作った人間に一筆書かせる」と冗談でも怖いことを言っていたのを思い出す。
「……捨てることにします。もう全然、思い出せないので」
私は嫌な記憶を全部一番下に押し込んだと思っていた。
でも違った。少しずつ、砂が手から零れるように、無くしていったのだろう。
もう私の手元に残っているものはない。
矢敷さんを好きな気持ち以外は、何も。
「そうですか、わかりました」
「迷惑かけてすみません」
「別に迷惑じゃないです。俺は、俺の勝手な気持ちで、灰澤さんが傷つくのが見たくないとか、そういう甘ったれたことを考えていました」