セロリとアライグマ
「ごめんね、無理言って」

「別に。ただカギ開けるだけだし」

新伊のお願いとは、『図書室に入れてほしい』ということだった。

なんだそれ?と思ったが、まぁ別に無理な頼みでもないので、オレはもう一度職員室に戻ってこっそり図書室のカギを借りて部屋を開けた。

新伊はお礼にとオレにカップのコーヒーを買ってきた。

暖かいコーヒーを飲むと「もう冬なんだな」と感じる。



「で、なんで図書室なわけ?んなの普段入ればいいじゃん。借りたい本でもあった?」

「…ワタシ、2年間高校に通っていて図書室入るの今日が初めてなんだ」

「え、マジで?」

「うん。いつも授業終わったらすぐ家に帰っていたし、休み時間は手洗ったりで時間なくなっちゃって。授業でも入る事ないでしょ。だから初めて」

「へー…」

で、どうして今その初めての図書室に入ったのかイマイチ理由がわからなかった。

新伊は貸し出しカウンターに座ってきょろきょろと図書室を見渡していた。
オレは先ほどまで座っていたイスに腰掛ける。



「…なぁ」

「?」

オレの声が静かな図書室に響いた。

聞こえるのは、図書室の外のグラウンドのソフトボール部の声だけだ。


図書室には新伊とオレだけなのに、オレは新伊の顔を見れなかった。



「…学校にもう来ないの?」

「…」

「手、洗うから?今井達に嫌がられされるから?」

「…」

なんだか普段の自分じゃなかった。

新伊の口から何を聞きたかったのかは分からない。

でも、何か話さずにはいられなかった。



新伊はオレに笑顔を見せるが、なんだか今にも泣き出しそうな顔だ。

沈黙が続けば泣くかもしれない、そう思った。


助けてやりたいけど、オレにはなんにも出来るわけが無い。

だから聞いてどうなるわけじゃないのに。


新伊はしばらく何も答えなかった。うつむいていたが、何分かしてパッと顔を上げ、笑顔を見せた。


「…転校、決めたよ。もうこの高校には来ない」
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