スイート・ルーム・シェア -御曹司と溺甘同居-
「何かないように気をつけます。それに前よりも時間は早いし、彼が社内にいるとしても仕事の都合もあるでしょうし。今日くらいは」
大丈夫。
それは、根拠のないもの。
信じていれば悪いことにはならないという私の願い。
後ろ向きな考えよりも前向きでいた方がきっといい結果を招くだろう。
そんな気持ちから生まれた言葉で、識嶋さんに伝えるべきはずの三文字。
けれど、それが声になる前に。
「……し、きしま、さん」
『なんだ』
私は気付いてしまった。
「あの……気のせいであってほしいんですけど」
以前と同じ状況に、自分が陥っていることに。
「足音が」
警戒しながら発した声は小さい。
でも、識嶋さんは聞き取ってくれたようで真剣な声で『今どこにいる』と聞いてくれた。
「不動産屋の前です」
大手不動産屋の前を通過しながら答え、歩く速度を速める。
カッカッとヒールの音が辺りに響いて、私は周りに人がいないかと目を走らせた。
けれど、不幸にも私から見える範囲では、かなり前方の方に一人サラリーマンが歩いているのが見えるのみ。