スイート・ルーム・シェア -御曹司と溺甘同居-


とりあえずその人のところまで走ろうかと思い至ったと同時、後ろにあった足音が別の方向へ走り去っていくのが聞こえた。

つまり、私の早とちりだったのだ。


「ごめんなさい、私の勘違いでした」


心から安堵し、アハハと苦笑する。

識嶋さんも笑ってくれれば良かったけど、彼は更に私を叱り付けた。


『勘違いするくらい怖がってるならつべこべ考えずに戻って乗れ』

「だけど、今後のことを考えたら動きやすいようにしておくべきだと思うんです」


識嶋さんも私も譲らず、幾度か押し問答を続けて。

危機は去ったと思っていたのが悪かったのかもしれない。

だって、気付けなかったのだ。

ビルの間に伸びる細く暗い道から、誰かが飛び出してきたことに。

声なんてあげる暇もなく、私は腕を掴まれ乱暴に引き摺られる。

スマホは手から落ち、音を立てて道路に転がって。

膝やすねがコンクリートとの摩擦で痛みを感じた時、ようやく自分に何が起こっているのかを自覚した。


ついに”彼”に捕まってしまったのだ、と。



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