スイート・ルーム・シェア -御曹司と溺甘同居-


人気なんて全くない狭い路地で、私は手首を掴む相手を見上げた。

街頭がないせいか、それとも激しい恐ろしさのせいか。

相手の顔がうまく認識できず、私はただそこから逃れたくて必死に体を動かす。

けれど、恐怖に固まったか身体はうまく反応してくれなくて、尻餅をついた大勢で僅かに後ずさるだけ。

猛獣に追われ、崖っぷちに立たされたような絶望を感じながら、助けを求めようと薄く唇を

開く。

ひゅ、と息を吸ったけど、うまく呼吸ができないせいで声は出てくれない。

もう終わりだ。

私はここで殺されるのかもしれないと怯え、目を塞ぐことさえできないまま震えていたら──


「僕が怖いんですか?」


愉しそうに尋ねられた。

その、声に。


「……うそ……」


ずっと開かずにいた扉の鍵が開くような感覚と共に、私は自分の目を疑った。

さっきまでうまく認識できなかった相手の姿。

けれど、声を聴いた刹那、一気に見えたのだ。

それはきっと、知っているから。


“彼”が誰かを。



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