溺甘上司と恋人契約!?~御曹司の罠にまんまとハマりました~


気が付くと、フロアは闇に包まれていた。私の頭上でだけ、蛍光灯がしらじらと光を注いでいる。

広告制作の案件で、制作部に回すはずの資料がクライアントから届いていないことが定時後に発覚し、管理や撮影の段取りを組み直さなければならず、デザイナーやカメラマンとの日程調整に追われて、すべての確認作業が終わったときには午後九時を回っていた。

「こんなに遅くまで残るのは久しぶりかも」

椅子に座ったまま伸びをしていると、社用携帯が鳴った。瀬戸生吹と表示されたそれを取ると、「おつかれ」と甘やかな声が聞こえる。

「おつかれさまです。まだ仕事中ですか?」

「いや、もう上がる。屋上に来てくれないか」

見ると、ちょうど外出先から帰ってきたのか、仕切りガラスの向こうに瀬戸くんの姿が見えた。




屋上に上がると冷えた風に頬を撫でられた。夏と冬のあいだの短い季節が、急ぎ足で通り過ぎようとしている。

まばらに煌めくビルの明かりで、星は見えない。でも遠くに欠けた月が浮かんでいた。

瀬戸くんはやっぱり手すりにもたれていた。私が近づくと、静かに振り返る。夜の明かりに照らされた顔は白く、美しく、どこか幻想的だ。

「おつかれさまです」

「ああ」

優しく微笑まれ、きゅっと胸が締まった。

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