溺甘上司と恋人契約!?~御曹司の罠にまんまとハマりました~
「ちょ、ちょっと」
私はあわててビルに引き返し、エレベーターに乗り込んだ。
五階で降り、通路を突っ切って非常階段の重いドアを押し開ける。九月に入ったばかりで、夜の気配にはまだ夏の匂いが残っていた。
遠くにビル群がきらめいているけど、ゆっくり眺めている余裕はない。足がもつれそうになりながら階段を駆け上がり、広々とした空間に出る。
数メートル先の人影は、今にも夜空にのみこまれそうだった。胸まである屋上の手すりを乗り越え、向こう側に立っている。
「ま、待って!」
声を出したものの、頭の中は真っ白だ。
こんなとき、何を言えばいい?
ビルのへりに立つシルエットに、心臓が止まりそうだ。
地上を走行する車の音が、ここまで届く。
焦りと一緒に、私、なんでこんなところにいるんだろう、と怒りにも似た感情がこみ上げた。
数分前までの平穏が惜しまれる。
屋上の人影になんて気がつかないまま、帰っていれば良かった。
また選択を誤ったのかもしれない、と思ってしまう。
だけど、同僚を、ましてや同期の人間が飛び降りようとしているのを、見過ごすわけにはいかない。
「瀬戸くん! 私の話を聞いてくれませんか!」