溺甘上司と恋人契約!?~御曹司の罠にまんまとハマりました~
ちょっとの身動きでも落下してしまいそうで、呼吸が止まる。
彼は片手で掴んでいた手すりにもたれるようにして、こちらに身を乗り出した。
「……じゃあ、西尾が代わってくれる? 俺の仕事」
ほんの少しかすれた、甘さのある声だ。変に上擦ったり尖ったりしていない、オフィスで耳にするのと同じ音調に、ほっとする。
「瀬戸くんの仕事は、本当にすごいと思う」
新規顧客の開拓をしながら、既存顧客との信頼関係も磐石で社内外から評価が高い。
静岡県に本社を置く中小企業とはいえ、東京支社はほとんど瀬戸くんの働きでもっているようなものだ。
「疲れたんだ。無理に笑って愛想振りまいたり、理不尽な要求に頭下げたりして、自分を殺すの」
彼は感情の混ざらない声で言う。
「なんのために生きてるのか、わからなくなる」
頭の中を引っ掻き回して、言葉を探した。でも、選択肢が、ない。
それでも、救わなければと思った。
彼は私だ。
すべてに絶望していた、一か月前の私――