溺甘上司と恋人契約!?~御曹司の罠にまんまとハマりました~
「俺、営業の仕事は全然苦じゃない。そりゃ忙しくて疲れるけど、それは肉体的な疲労ってだけで精神的には何の苦痛もない」
「営業の仕事に疲れてたわけじゃないの?」
「ああ。忙しければ家で親と顔を合わせる時間も減るし、あの母親と相対することを考えれば、取引先の人たちは俺の話に聞く耳をもってくれるぶん可愛いもんだよ」
低い声が直接体内に流れ込むようだ。至近距離で彼の匂いに包まれていると、気持ちがまっすぐ伝わってくる気がする。
「それじゃ、屋上から飛び降りようとしてたのは……」
「そもそも、飛び降りようとしてたわけじゃない」
「え……」
振り向くと、触れる距離に彼の顔がある。私はあわてて向き直った。と、胸の下で組まれた手に身体を回転させられる。
結局向き合う格好になり、Tシャツの広い胸に抱きしめられた。瀬戸くんのフェロモンが濃厚に私を取り巻いて、心臓が破裂しそうだ。
「あの日はちょうど、睡眠不足と連勤の疲労が重なったうえに、母親からの圧迫で嫌気が差してて、やけになってたんだよ」
彼の小さな笑いが、皮膚に直接響く。Tシャツ越しに穏やかな心音が聞こえてくる。
「それで、紙飛行機を飛ばしちゃってさ。下に落ちたやつはもちろん、屋上のへりに引っかかったやつも回収しなきゃと思ってね」
「紙飛行機……?」
頭の中に閃光が走る。夜空をゆっくりと旋回する、紙飛行機。
夏の終わりのあの日、白い鳥のようだったそれを見つけて、私は屋上を見上げたのだ。