蛇の囁き
私は蛇神の抗いがたい誘惑に息を呑み、自制するように拳を強く握って言った。
「二度も山に入ったら山神たちが──」
ああ、山神たちか。
そう言った彼はどこか昏い微笑みを浮かべていた。初めて見る種類の表情だった。
そういえばこの山に来て一度も風が吹いていないな、とぼんやり思った。
しかし、何も心配ないよ、と彼に微笑まれてしまえば、私はそれについて考える気も起こらなくなった。
「……でも、もし私が来なかったら……?」
「………………来るまで、待つよ」
彼はひどく苦しそうに息を吐き出して笑った。その苦しそうな表情のまま、もう日が沈む、早く行こう、と彼は私の手を取って急かした。
お願いだから急かさないで、と私は混乱する頭で思った。