蛇の囁き



 私は蛇神の抗いがたい誘惑に息を呑み、自制するように拳を強く握って言った。


「二度も山に入ったら山神たちが──」


 ああ、山神たちか。
 そう言った彼はどこか昏い微笑みを浮かべていた。初めて見る種類の表情だった。

 そういえばこの山に来て一度も風が吹いていないな、とぼんやり思った。

 しかし、何も心配ないよ、と彼に微笑まれてしまえば、私はそれについて考える気も起こらなくなった。


「……でも、もし私が来なかったら……?」
「………………来るまで、待つよ」


 彼はひどく苦しそうに息を吐き出して笑った。その苦しそうな表情のまま、もう日が沈む、早く行こう、と彼は私の手を取って急かした。

 お願いだから急かさないで、と私は混乱する頭で思った。


< 44 / 49 >

この作品をシェア

pagetop