君に溺れた
和島からの電話を切ると、彼女が慌てた様子で浴室から出てきた。

「一ノ瀬さん、私の服は?」

「あぁ、さっきクリーニングに出した。明日の午後には戻ってくるよ。」

「ひどい。勝手に触るなんて、下着もあったのに。」

「心配いらない。ほら、必要なものなら用意した。足りないものがあったら言ってくれ。」

「・・・っ!そういうことじゃなくて。・・・もういいです。」

彼女はそう言ってまた浴室に戻っていく。

なかなか出てこなかった。

俺がソファでコーヒーを飲んでると彼女が僕のスウェットを着て出てきた。

「・・・さっきはすみませんでした。」

「いいよ。何か飲む?コーヒーか紅茶しかないけど。」

「紅茶をお願いします。」

「座って待ってて。」

俺がキッチンに向かうと彼女はリビングのソファに座った。

「はい。」

「ありがとうございます。」

「うん。」

「・・・」

「宮島さん、今後のことだけど、しばらくうちにいてくれないか?」

「え?」

「今まで住んでいたところは、治安がよくない。君のことが心配なんだ。君が望むことはできるだけ叶えてあげる。だからあそこに戻るのはやめてくれ。」

「わかりました。今やってるバイトは続けたいです。住むところが決まるまでいてもいいですか?」

「わかった。ただ、コンビニとファミレスのバイトはやめてほしい。その代わり、僕の食事の支度や掃除をしてくれないか?ちゃんとお金を支払うから。」

「でも・・」

「新聞配達と朝の清掃だけにして、午後はここで勉強しよう。高校に戻れるように、和島と相談してみる。今から勉強すれば、2年生からやり直せる。わからないところは、僕が教える。」

「本当に私、高校に戻れるんですか?」

「あぁもちろん。」

「ありがとうございます。」

「一人でよく頑張ったね。これからは一人で頑張らなくていい。」

彼女の頭に手を置く。

さらさらの感触が心地よくて気がつけば撫でていた。

「これ。」

「私のハンカチ」

「前、貸してくれたでしょ?返すのが遅くなってごめん。」

「このハンカチ、お母さんが刺繍してくれたんです。お母さんとの思い出のものは叔父さんのところに全部置いてきたし、何も残ってなくて。うぅっ。よかった。本当にありがとうございま・・・!」

「・・・」

「あの、一ノ瀬さん?どうしたんですか?」

「ごめん。少しこのままでいさせてほしい。」

俺はハンカチを抱き締めて泣く彼女をそっと腕の中にしまいこんだ。

どのぐらいそうしてただろうか。

気づいたら彼女は規則正しいリズムで寝息を立てている。

俺は彼女を抱き抱えて寝室に向かう。

いつも俺が寝ている布団で安心して眠る彼女の額に自分の唇を当ててみる。

今なら和島が言ってた意味がわかる。

彼女をたくさん愛したい。


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