君に溺れた
「すまない。お母さんを侮辱したことをお母さんのお墓で謝らせてくれないか?」

「・・・お母さんのこと、信じてないんでしょう?」

「信じてないわけじゃない。信じてるけど、怖かったんだ。でも今日君の話を聞いて確信した。君は私の娘だ。DNA鑑定は必要ない。お母さんと出会ったとき、僕はまだ20歳になったばかりの若造だった。仕事の付き合いで銀座のクラブに行ってお母さんと出会った。一目惚れだった。そのときお母さんは28歳でとても素敵な人だった。お母さんに会いたくて店に通ったよ。何度もアプローチしてお母さんと両想いになった。気持ちが通じあった途端、男というのは独占欲が強くなる。お母さんにホステスをやめてほしいと我が儘を言ってしまった。お母さんしか見えていなかった。だから、私の周りの人がお母さんにお金を渡していたなんて気づけなかった。私といるときのお母さんは、とても明るくて元気な人だった。だけど、お母さんも人間だ。楽しいばかりじゃなかったはずなのに、僕の前では泣き言なんて言わなかった。いや、言えなかったんだ。私がまだ若くて恋に溺れていたから。それに気づいたのはお母さんを失ってからだよ。」

三石さんは涙を浮かべてお母さんとの思い出を話してくれた。

三石哲哉さん。

この人がお母さんがいつか迎えに来てくれると信じていた人。

「お母さんのお墓、一緒に行きませんか?」

「いいの?」

「はい。お母さん、お父さんが来てくれるの待ってると思うので。」

「ありがとう。」

お母さんのお墓に向かう途中、私は気になったことを聞いてみた。

「どうして私がお母さんの娘ってわかったんですか?」

「あぁ、それはこれのおかげさ。」

三石さんはスーツの内ポケットからハンカチを取り出した。

「これ、私の。どうして三石さんが持ってるんですか?」

「君が私の命の恩人だからだよ。」

「えっ?」

「ビルの清掃のアルバイトをしていたね。そのとき、駐車場で君に助けられた。」

「・・・あっ!あの時のおじさん!?」

「ははっ。忘れていたか。仕事の無理が祟って狭心症の発作を起こしたんだ。君が薬を渡してくれていなければ手遅れになっていたかもしれない。本当にありがとう。」

「お母さんが引き合わせてくれたんですね。きっと。」

「あぁ、これは私が昔お母さんにもらったものだ。刺繍の仕方が同じだったからピンときてね。調べさせてよかった。」

私たちはお母さんのお墓で手を合わせる。

お母さん、やっと会えてよかったね。

お母さんの笑顔を思い出した。

朝は大地さんと離れるのが怖かったけど今はなんだか勇気をもらった気がする。

お母さん、私、頑張るね。

お母さんのお墓の前で笑顔を作った。

「じゃあ私はこれで。」

「それは困るな。私の娘を野宿させる訳にはいかない。」
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