放課後ニヒリスト
「アン、」
ヘッドフォンを付けたままのアキラ先輩は、自分の声量が判っていないのか、掠れた声で私のあだ名をゆっくりと呟いた。
「何、」
「今日って何日だ?」
頭からやっと機会をはずし、彼はいつもの調子で尋ねる。
「5月15日。なんで」
「いやー、新作のDVDのレンタルがさ、20日からだったからさあ」
首から上を動かして、私は彼の手の中にあるメモ用紙を見る。
あ、ほんと。
他のDVDを探す彼と、えぐい内容のDVDを3枚抱えて後ろを付いていく私。
私は、目だけでものを見ることが苦手だった。
必ず、数センチ隣のものですら、頭ごと動かして見る変な癖がある。
少し前に、くるくるくるくる頭回して、お前って鳥みてぇだな。これからトリちゃんって呼んでやろうか?とイツキ先輩に言われたのを覚えている。
でも、いつかは忘れてしまう。
アンニュイ、と初めて呟いた5月3日も、鳥みたいだと言われた5月7日も、きっと忘れてしまうだろう。
アンニュイのアンちゃんだとか、小鳥のトリちゃんだとか言われても、私はそれを否定しない。
否定する必要がないからというより、彼らと過ごした日を忘れないようにしているのかもしれない。
アンちゃん、トリちゃん、と、6人は気分で私を呼ぶが、エラと呼ばれたことはあまりない気がする。
歌うように、音頭をとるように、呪文のように、泣き言のように。
彼らは何かを求めるように私のあだ名を呼び続ける。
それを受け流す、というより受け入れている私の爪は、ついでだがおもちゃみたいな緑色のマニキュアが塗られている。