初恋はじめました
「あぁ……見学?」
柔らかく微笑む、彼。
上履きから、先輩だということが分かった。
「…そんなところです」
「もしかして入部希望?」
「いえ、そういうわけでは…」
もしかして期待させてしまったかと苦笑いを浮かべたら、先輩も同じように少し眉を下げて苦笑い。
「そっか、じゃあ…どうしてここに?」
「…迷って、しまいまして」
少し目を丸くしてから、先輩は
「なるほどね、この学校ちょっと広いしね……案内するよ、どこに行きたい?」
「……先輩、今絶対、方向音痴だって思いましたよね?」
「お、思ってないよ」
「嘘ですね」
「嘘じゃないって」
「絶対そうですって!」
「………ふっ……実はちょっと思った」
堪えていた笑いを解き放つように、先輩は控えめに笑い出した。
「その笑顔、かなりキケンです」
「え、キケン?」
「あっ、何でもありませんっ!」
「?そっか」
危ない危ない、こういうところでやっぱり出ちゃうか。
「で?どこに行きたいの?」
まだちょっと笑いを含んだ問い。
先輩は少し首を傾げる。
……その仕草も、今度から禁止で。
「いや、その前にお願いがあるんですよ」
「なんでしょう」
「絵、よく見せてください」
「あ……これ?」
先輩が目の前の絵を指差す。
よく見たら指まで綺麗だった。
「はい」
「いいけど……あんまり自信ないかな」
そう言って困ったように笑う先輩に失礼して、絵を覗き込んだ。
「綺麗……」
赤と黄色のゼラニウムだった。
こういう言い方は動物にしか使わないのかも知れないけど……生き生きとして見えた。
切り花として花瓶に刺さっている花が、まだ大地に根づいているような、そんな気がした。
「今朝近くの花屋さんで見つけて買ってきたんだ」
「…先輩、もしかして未来でも見えるんですか?」
「ん?どうして?」
「ゼラニウムの花言葉のひとつは、〈予期せぬ出会い〉なんですよ」
自然と柔らかく微笑んでいた。