初恋はじめました
そして、放課後。
「こんにちは」
「お、佳月また来たの」
「はい、今日も来ました」
「飽きないよなぁ~」
そう言って柔く微笑む。
雨の日も先輩は穏やか。
答えるように、私も微笑んだ。
荷物を置いて、入り口から近く、キャンバスに向かう先輩から遠い席に座った。
「今日は何を描くんですか?」
「ん?ナイショ」
先輩は、ふっと意味深な微笑みを浮かべた。
「またですか~?」
「うん、まただよ」
ニコニコする。
『描き上がってから見てほしい、モデルと一緒に』と、私はいつ行ってもモデルを見せてもらえない。
以前理由を聞いてみたら、俺のこだわり、とちょっとだけ意地悪な笑顔を向けられた。
その笑顔に、危うく告白しかけた。
先輩はまだ必殺技を持っている気がする。
気をつけなければ。
「じゃ、描くよ」
「はいっ」
先輩は、ひとつ息を吐くと、漂わせる雰囲気を変える。
水の中に、一滴の色が落とされるように、波紋のように変わっていく。
何度絵を描く先輩を見ても、私は魔法がかかったように動けなくなる。
先輩は、周りの音、気温、人の気配を感じなくなるらしい。
私も、まさにそんな感じで。
先輩の存在しか感じられなくなる。
どうしてこんなに綺麗なんだろう。
先輩と私だけの世界にまた溺れていく。
でも、先輩にとっては、モデルとキャンバスと自分だけの世界。
先輩の世界に、私はいない。
別にいいとは思っても、少しだけ嫉妬。
でも私は、先輩の、絵を描く姿が一番好き。
「……矛盾、してるなぁ」
「ふぅ」
「あ、描き終わりましたか?」
「うん、今日のモデルは……」
「カルミアですねっ」
「もう見てるし」
見えた瞬間、つい勢いよく言ってしまった。
そしたら、少し肩を揺らしてクスクス笑われた。
笑わなくてもいいじゃないですか先輩。
「カルミアの花言葉は〈さわやかな笑顔〉なんですよ」
「佳月は花言葉図鑑だな」
「そんな大それたものじゃないですよ~ただの趣味です」
照れてしまって苦笑いをしたら、少し真剣な声音が鼓膜を揺らした。
「俺は、それだけの知識があると思ってるよ?」
一瞬、時が止まったような気がした。
好きな人に褒められるって、こんなに嬉しくて、浮かれることだったなんて、知らなかった。
「………ちょっと照れるじゃないですか…って、あっ」
「ん?どうかした?」
「私の癖が独り言なら。先輩の癖って、笑顔ですねっ!」
私、いいこと言った!って思って人差し指をビシって向けたら。
先輩は数秒目をパチクリした後、堪えたような笑い声を漏らした。
「それは……褒めてるの?」
「褒めてます!…たぶん」
「ははっ…佳月はやっぱ面白いな」
「もう、先輩笑いすぎですって」
「悪い……だって、言ったあとのドヤ顔が…」
「~~っ、めちゃくちゃ恥ずかしいです忘れてください…!!」
あぁぁぁ~!!
本当に先輩その顔やめて!?
「先輩の全力笑顔に胸キュンが止まらないんですって!!」
「え、胸キュン?」
「はっ!…もうっ、先輩、色々忘れてください!!!」
「嫌だよ、佳月のかわいいドヤ顔なんて絶対忘れない」
かわいい…!?
かわいい…!?!?
キャパオーバーになった私は耳を押さえてしゃがんだ。
「本当に先輩無理~~!!!!!」