キャラメルと月のクラゲ
第4話 「嘘つき王女が願ってやまないのは偽りの恋」
 前髪を切った。
来週カットモデルを頼まれているのに、前髪を自分で切った。
ほんの数センチ。
目にかかる数センチを切った。
失敗した。
イズちゃんに見せたら美容師さんに怒られちゃうね、と言われた。
全部、夏のせいだ。
「そうだ、梨世ちゃん。昨日ね、実家から食べ物いっぱい届いたよ」
「何が届いたの?」
「メロンとか。だから明日みんな呼んでここでご飯しない?」
「みんなってメロス?」
「メロスの友達のバイトの子、何くん、だっけ? その友達も」
「………椋木くん? とりあえず聞いてみる」
イズちゃんがこんなことを言い出すのも、夏のせいだ。


イズちゃんが私のカレシに会ったことはないし、会いたいと言ったこともない。
ましてや、椋木くんはカレシでも何でもない。
ただのバイト仲間で知り合いだ。
よくて、友達だ。
イズちゃんが何を思って彼のことを言い出したのかはわからない。
ただ、この光景は異様だ。
大学の学食に集まったのは私とイズちゃん、メロスと椋木くん、彼の友達のカニクリちゃんと名前の知らないヒト。
「ひどいよ梨世ちゃーん! 末松充寿《すえまつみつとし》、ミツでーす!」
「………はあ」
こんなチャラいだけで薄っぺらな大学生は腐るほど見てきた。
いや腐ってた。
「鹿山さん、ごめんね。チャラいけど根は真っ直ぐで二年浪人しただけのオジサンだから許してあげて」
少し早口にトゲのあるツッコミを入れるカニクリちゃん。
「………はあ」
「つまり無理してんの。まあ、適当に合わしてあげて。おすすめは相手にしないことね」
こんなキャラだったんだ。
「やっぱりカニクリちゃんっておもしろーい」
イズちゃんはカニクリちゃんがお気に入りみたいだ。
私が彼女の話をした時も、会ってみたいな、と言っていた。
「だってカニクリームコロッケちゃんだよ? カニが苗字でコロッケちゃんが名前かな。じゃ、クリームはミドルネーム?」
時々どころか割とわけわからないことを言うのが天然のイズちゃんのいいところ、なのかもしれない。
「それで、話って何?」
しばらく黙っていた椋木くんが口を開いた。
「イズちゃんの実家からメロンとか野菜とか食べ物いっぱい届いたから、明日みんなで食べに来ない?」
「明日は僕、バイト」
「あ………」
そうだった。
明日は椋木くんとミオ先輩のシフトを忘れていた。
「オレもバイト。去年は三人で3日間食べ続けたからみんながんばれ」
メロスは期待していただけに残念だった。
「はーい! オレ暇でーす!」
勢いよく手を挙げてあからさまなアピールをされている。
ここはさっきカニクリちゃんが言っていたように相手にしないでおこう。
「………ねえ、カニクリちゃんは大丈夫だよね? この際、女子会にしない? 他にも女の子呼んでさ」
「それだったらついでに会わなきゃいけない女子がいるから連れてっていい? 正直二人はちょっと気まずかったんだよね」
「いいよ、呼んで呼んで。私はミオ先輩が終わったら来てもらえないか聞いてみる」
自分でそう言うと椋木くんの視線が気になってしまった。
切りすぎた前髪を私はしきりになでつけていた。


冷房の効いた学食の天井から床まで広がる大きな窓の外は、夏の陽射しでとても暑そうだった。
私達は昼食をとりながら取り留めのない話を続けていた。
「オレ心理学やってるから悩みがあったらいつでも相談してよ」
椋木くんが、ミツさんと呼んでいる彼が身を乗り出して私にアピールしていた。
なかなか空気が読めないらしい。
「ミツさんが思ってるのはどうせ恋愛相談くらいでしょ? そんな言い方ほんとうに悩んでいるヒトに対して失礼よ」
そんな彼に対してカニクリちゃんはキツく言い放った。
「言い過ぎだよ、カニクリ。急にどうしたんだよ」
「ごめん。だって―――」
椋木くんにたしなめられ、カニクリちゃんは不意に柔らかくなる。
下唇を噛んで言葉を我慢しているみたいだった。
「………ミツさんウザい」
それだけ言うとカニクリちゃんは黙ってしまった。
そして私はそのことに気付いた。
けれどその結論を出す前にそっとフタをすることにした。
それを知ったところで私にはきっとどうにもできない。


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