キャラメルと月のクラゲ
水槽、空っぽだね。
梨世がつぶやく。
すぐにいっぱいになるよ。
いっぱい? いっぱい入れたらクラゲがかわいそうだよ。
彼女は随分《ずいぶん》とクラゲにも優しくなった。
初めて会った頃は自己中心的であまり聞きたくない言葉を使うギャルだった。
いや、それは今も変わらないのかもしれない。
それでも彼女の中で何かが変わった。
それは僕もだ。
クラゲの水槽に囲まれた都会の底で彼女にキャラメルを食べさせた時から、何が変わったというんだろう。
相も変わらずクラゲが好きなだけだ。
あの時、出逢わなければ僕達はきっと今も何の接点も持たないままだっただろう。
それでも、僕達は出逢った。
二人で時間を共有することが、すれ違いも言い争いも、お互いを知るためには大切な瞬間だったんだと、理解できた。
僕がついつい隠してしまう本音を正面からちゃんと受け止めてくれる梨世には、誰よりも僕のそばで幸せになってもらいたい。
世界で一番幸せだと思ってもらえるように、こんなふうに思ったのは初めてだった。
だからこそ何があってもこの手を離してはいけないんだと、静かに眠る君の横顔に思った。

***

私達の人生は、決してドラマティックではない。
私達の身に起きる出来事は、誰の周りにも存在する、リアルだ。
歓喜する瞬間もあれば、挫折を感じる時間もある。
そんな中で、私達は少しでも楽しくあろうとしただろうか?
全てのことは大きく、そして長い人生の幸福のための、小さな一歩だ。
その瞬間に思う些細《ささい》な願いは、次の瞬間に願いも相手も変わっているかもしれない。
それでも、私は彼にずっと一緒にいたいと思ってもらえるように生きていきたい。
そう思うことが彼に対する愛なのだから。
梨世はほんとうによく眠るな。
目を閉じたままの私の頭をなでている彼の声が耳に響いた。
何て優しい声なんだろう。
その言葉とその声の響きには、両手では抱《かか》えきれないほどの愛を感じる。
今までのオトコ達の誰一人、私にリアルな愛をくれはしなかった。
どこかチープで希薄《きはく》な愛の《《かけら》》しかなかった。
だけど、朋弥の真っ直ぐすぎる愛だけが歪《ゆが》んで濁った私の心を癒《いや》してくれた。
この気持ちを、感謝をどんな言葉で伝えたらいいだろう。
きっとカニクリだったら歯の浮くような愛のあるセリフでささやくんだろう。
私らしいやり方で彼に伝えなければならない。
この全身を満たしてくれた愛に、私の全部で応えたい。
そう思って、ゆっくりと目を開ける。

***

「———私は、これからもずっと、朋弥を愛してる」
「僕も、梨世のことだけ愛してるよ。永遠に」
「キミに出逢えて、ほんとうによかった」
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