白球に届け
春、4月
「笠間、授業中は寝るな」

2年生の4月、先生の声で目が覚めた。

私は漢文が得意じゃないから眠たくて。

だって漢文といえば返り点やら送り仮名やら、返読文字やら……。
こんなの読めたって……。

「漢文は国公立を受けるなら必ず出る。私立でも上位校の文系は現古漢だ」

あり得ない。漢文なんて古くさいものが受験にまで付きまとうなんて……。

「『子曰く、巧言令色鮮し仁』笠間、これを現代語に訳してみろ」

「『口の巧い者、表情を作るのが巧い者は人としての情が少ない』」

「よくできたな。参考書でも読んだか?」

参考書なんて読んでいない。ただ授業に出るのが解っているから、漢文が得意な娘に聞いてみただけ。
漢文は中国史に関係があるそうだけど、中国史に明るくないから漢文も情景が思い浮かばない。
早くケータイ小説読みたいな。だってそっちの方が面白いし。

「次、中澤。『荀子曰く、人の性は悪なり。その善なるは偽なり』これを現代語に訳してみろ」

この先生の問いに答えた中澤さんはさすが優等生だった。

「『荀子が仰った。人の本性は悪である。その善いことは人為である』です」

「さすがは中澤だ。因みに荀子は儒家だが、法家の大家である韓非子と始皇帝の宰相になった李斯の先生だからな」

古典の授業が終わって、次の時間は体育。男子は6組と合同でサッカー、女子はといえば今日からダンス。
更衣室では下着を買い替えただの、彼氏にプレゼントをもらっただの、他愛もない話ばかり。

「ねぇ愛ちゃん。愛ちゃんって、趙飛燕に似ているよね……。って6組の男子が言ってたよ」

佳奈が着替えながら私に声を掛ける。趙飛燕って誰?

「その男の子ねぇ、中国史が好きで愛ちゃんがスレンダーだから漢っていう国の皇帝に愛された趙飛燕っていう女性みたいだって言ってた」

「何それ、セクハラじゃん」

「私からみた愛ちゃんは西内麻里子かな~。だって細身だし」

西内麻里子とは売込み中の女優。今の月9ドラマでヒロインを演じている有名どころ。

同じ譬えられるなら今売り出し中の芸能人と比べられたいよね。

佳奈は言葉を続ける。

「趙飛燕ってね。あの楊貴妃と並び称されたってその男子が言ってたよ」

「へ~楊貴妃。楊貴妃は知ってる~。早く着替えないと」

佳奈はいつの間にか体育着に着替えていた。

うちの学校の体育着は上半身がTシャツベースで下半身は短パン。
ちなみに男子と女子で下半身が違うんだ~。

男子は群青のハーフパンツで女子は紺の短パン。

配色だけは二昔前のブルマみたい。

今日の体育はダンス。

ダンスといってもワルツやタンゴ、ジルバのような優雅だったり格式張ったりしたものじゃなくてアイドルの娘達がやっているような振り付けのダンスだよ♪

『ラ●ラ●ブ!』みたいに女子生徒だけでアイドルグループ組めたらホントいいよね。
スクールアイドルって実際にいたっけ?

まぁ私には縁がないけど。

でもアイドルになる女の子ってすっぴんだと意外に平凡なんだよね~
どうしてだろうか。

体育のダンスはつつがなく進んだよ。
男子の方はサッカーだったから大変だったみたいだけど。

「サッカー部気合入ってたな」

この声は北島君だ。今年から同じクラスになった。

「野球部には劣るさ」

これはサッカー部の男子の言葉。

野球部とサッカー部って不思議な連帯感あるよね。

「おい、北島。今日は走り込みみたいだぞ」

「走り込みか。甲子園には早いだろ」

野球部の男子が言った情報に反応する北島君。
うちの野球部は坊主頭率が低くて野球部の中ではスタイリッシュ。

特に北島君は長身だし、イケメンだから女子の間でも人気がある。

「北島、いい忘れてたけど春の大会だからパート練習する、って監督から」

「昨年はバックがあまかったからな。バッテリー練習もきつくなってんだろ?」

「まぁな。佐藤先輩とか監督に打たれまくって落ち込んでるくらいだ」

「そうか。授業始まるぞ、次は数学だろ?」

「そうだな」

そう言った野球部の2人は数学の教科書とノートを机に出した。
次の科目は数学。イケメンで長身の須藤先生が数学の担当をしている。
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