偽りのヒーロー
「お疲れさまでしたー」
パタン、と扉を閉めて、菜子はバイト先を後にした。
学校の悩みは、バイト中の時間だけは休息をくれる安寧の場になる。土日のわずかな休息が、今終えようとしていると、小さく肩を落とした。
長くなった影が、さらに濃さを増した。ジャリ、とアスファルトを踏む音と共に、大きな影が一つ増えて。
「お疲れ。終わるの待ってたわ、遅かったな」
夏休み中の時間に巻き戻ったようだ。紫璃の声が耳に響くと、ようやく菜子は顔をあげた。
「お前、蓮見と喧嘩でもしたのか?」
「教室だと聞きにくいからな」、と意地悪く微笑んで歩みを進める。気を遣ってわざわざ休日に足を運んでくれたのだろうか、「大丈夫」と菜子は笑って返した。
質問の答えになっていないそれを、紫璃は訝し気に見つめている。静寂のまとった帰路を、紫璃がもどかしそうに口を開く。
「……レオとも喧嘩したろ。あいつぷんぷんしてたぞ」
レオの様子を思い出したように、くく、と口元に手の甲をあて笑っている。確かに八つ当たりもいいところだ。理由なく声を荒げた結果である。
現にここ数日、玄関でばったり遭遇したレオに、反射的に朝の挨拶をしてしまったのだが、わかりやすく、ふん、とそっぽを向かれていた。
けれど、「……はよ」という無視のできないレオの態度に、菜子は笑みを零していた。
「レオは悪くないのに、八つ当たりしちゃったよ」
苦笑いした菜子の頬を、紫璃は指で摘まむ。ふごふごと言葉にならない菜子の言葉と、情けない顔に、紫璃は満足気に息を吐く。
「本当はこんなこと言いに来たんじゃねえんだけど。お前が蓮見となんかごたごたしてっから、ろくに文句も言えねえわ」
紫璃の顔は笑みを浮かべていたものの、文句、という不穏な言葉に、菜子はギクリと肩を揺らした。
今この浮足立った状況に、さらなる問題を突きつけられては身が持たない。こんなにも人に反感を買うような行いをしていたのだろうか。
菜子は不安気な視線を向けると、おずおずと口を開く。
「も、文句なら、甘んじて聞きます……。お、お手柔らかにどうぞ……」
慌てふためき、意を決したように足を止めた。紫璃の言葉を待っていると、なかなか言葉を振ってこない。ちらりと紫璃の顔を覗き見ると、我慢できずにぶはっと噴き出していた。