偽りのヒーロー
近頃、菖蒲はバイトを始めたと言っていた。
ちょっといい感じの喫茶店で雇ってもらえたと、意気揚々としていたのを覚えている。
レオに話をした覚えなどないのだが、そこは恋心故の耳年増。さすがの情報網といったところだろうか。
菜子とレオが二人で訪れた喫茶店は、まさに感じのいい喫茶店。
一つケチをつけるとすれば、どちらかというと、束の間の穏やかな時間を過ごすための落ち着いた空間に、高校生の学生は似合わないというところだ。
「……ご注文はお決まりですか」
静寂をふくんだその声は、ほんのり怒りを思わせる。なんで連れてきたの、そんな菖蒲の視線につい目を逸らしてしまう。そんな菜子とは相反して、うきうきしているレオが少しばかり妬ましい。
「俺、ケーキセットひとつ、お願いしますっ!」
「えっと……どうしようかな。あんま量の多くないやつで、生クリームが少ないのって……」
愛しの菖蒲を前にして細かい注文をつける菜子に、レオはチラチラと視線をよこす。別に困らせているわけではないことに、気づいてほしいものだ。
「あ、そうよね。じゃあベジタブルケーキは? ケーキの形したサラダなの。おすすめ」
「おいしそう! じゃあそれにする。飲み物はアイスティーで」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ぺこりと頭を下げたところで、レオが菖蒲の後ろ姿を目で追う。
そんなに熱い眼差しで見ていたら、いずれ時を待たずしてばれると思う。後で忠告してあげよう、と今は心の中に収めた。