偽りのヒーロー




「菖蒲、私今すごく怒ってるよ。苛々してる」



 組んだ腕、ブランコの上で胡坐を掻いた足。わざとらしく怒った態度。

にやにやとした顔で、菖蒲の顔を見ようと身体を動かすと、バランスを崩して落ちそうになった。がしゃりと掴んだ鎖の音が、暗い景色に木霊した。








 吐き出すような、菖蒲の積もった感情を聞いたのは初めてだった。


「知らないうちにいじめてたのかと思ってた」、と的外れな菜子の言葉にくすくすと笑っている。と、同時に、「ごめん」と肩を落として、申し訳なさそうにしていた。

いつもは伸びている背筋が丸まって、どこか頼りなくに映る。



「菖蒲は素直だね」



 きょとんとした菖蒲に、つい頬が緩む。顔を見て話せることが、こんなにも安堵する。いつもよりちょっときつい指摘すら、嬉しく思えるのだから不思議なものだ。



「いい人ぶってる、って、本当その通りだね」



 言い得て妙だと、菜子は他人ごとのように納得していた。

菜子の言葉に、菖蒲は左右に頭を振る。否定の感情を必死で表そうと、涙交じりで違う違うと菜子の手を取る。



「違うの、私、喧嘩とかしたことないから……。ごめんなさい、言い過ぎた……」



 目に浮かべた菖蒲の涙を見て、菜子はにっと笑みを浮かべた。




もう不穏な空気はいらない、やっぱり人は笑顔でいるほうがいい。

そう思って、じゃれ合うように菖蒲に抱きつくと、「やめて」という言葉とは裏腹に、くすくすと笑っていた。




胸を張った得意げな菜子の顔に、肩の荷が下りたようにほっとした菖蒲の顔が印象的だった。




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