偽りのヒーロー
action.9
「おはよー菖蒲っ!」
「……おはよう」
教室に入るなり、菖蒲に声をかけた。
少し照れくさい余韻が残っていて、しばし言いよどむこともあったが、すぐさま返ってくる反応に安堵した。終日ずっと気分が良くて、思わず頬が緩んでしまう。
ニヤつく顔を必死で抑えようとしたけれど、隣からの視線を感じていた。
「……よかったな」
紫璃が一言、菜子と菖蒲の様子を窺っていたのだろう、声をかけてくれ、笑顔を向けた。薄く笑みを浮かべた紫璃を置き去りにしていたことを思い出し、平謝りを繰り返した。
「結局なんだったんだよ、お前ら二人」
気にかけてくれ、心配して声もかけてくれた。紫璃には多少なりとも話してもいいかもしれない。そんなふうに考え、周囲を見回し、声を潜めて話をした。
感情を言葉にして交わすのが足りなかった、そう説明をした。ほんの少しの誤解と嫉妬。ただそれだけのことなのに、捻じ曲がった解釈が誤解に誤解を呼んで、いろいろ拗れたのだと、そんなふうに話をした。
菖蒲が未蔓に好意を寄せていることは話さなかったのだが、察しの良さを持ち合わせている紫璃は、話の流れからそれらを感じ取ったようだった。
「なに、蓮見って、一之瀬のこと好きなんか」
ぎくっと肩が震えて、遊ばせていた手もぴたりと止まってしまった。慌てて取り繕うように、指をまわし始めたけれど、あまりにそれが不自然で、紫璃はぶはっと噴き出していた。
「あの、このことは……」
「……ま、レオにばれてもやっかいだしな」
そう言えばそうだ。すっかり菖蒲と仲直りできたことに安堵していて、大事なことが抜け落ちていた。
レオが菖蒲のことを好きなんてこと、ずっと前から知っていたはずなのに。
手を出すなとあれほど菖蒲に釘をさされたけれど、いよいよ本当に口を出せなくなった。頭の中で三角関係の構図が浮かんでいたけれど、そこに何をするにも輪を乱すのは忍びない。
見守るっていうのは、なかなかに難しいものだ、とため息をついていた。
「そういえば昨日途中でいきなりいなくなっちゃってごめん。話、なんだった?」
思い出したように、おもむろに菜子は口を開いた。「別に」と話しの腰を折られたことに、紫璃はご立腹のようだ。
じっとりとした紫璃の視線に、たまらず頭を下げていた。