偽りのヒーロー
菜子の父は何も言えなかった。女生徒のことをあまりにも知らなすぎて。不健康な自分へ、自暴自棄になっていたのかもしれない。
しかしそれを嗜めることすらできなかった。
女生徒よりも大人になった自分は、両親の気持ちも十分に優しいものだと疑わなかったからだ。
高校卒業というのは、将来を見据えるとゴールではなく、もはやスタートラインにしかならなかった。
しかしそれは人生における大きな大きなスタートライン。
学業を重んじる現代において、大学はおろか、高校を卒業しなければ、望んだ職業に就くことすらままならない。
女生徒の両親は、自室かのように出入りするこの病室ではなく、この先の将来を何十年をも見据えて、高校の卒業を望んでいたはずだ。
優しい親の選択肢なのだと、雪の降る日、女生徒にそう言った。
生徒は涙を流していた。
そんなことすら気づかない、「普通」の感覚を持ち合わせていない自分が恥ずかしいと嗚咽混じりに赤く目を腫らして。
「夢が、あるんです」、そう口を開いた生徒から、「普通に結婚をして子供が欲しい」と聞いたとき、どうにも言葉を返すことができなかった。
「学校に行けないんじゃ、好きな人もできないですから。結婚どころじゃないですね」
そう言って笑う生徒は、その言葉とは裏腹に、指先が白くなるまで布団を握りしめていた。
友人が最上級生になる頃、女生徒は三回目の二年生のままであった。名簿に載った名前だけが宙に浮かんでいて、席は空席のままだった。
その生徒の副担任ではなくなっても、相も変わらず足繁く病室へ通っていた。
病室へ来る、家族以外の唯一の男性。惹かれるのはもはや必然の出来事とも言えるこの状況。女生徒から、「好きな人ができてしまいました」と告げられた。
力になろう、協力できることなら何でもしようと、若い教師が張りきるたびに、生徒は困ったように笑っていた。
気づいていなかったのだ。生徒の一人としてしか見ていなかった頃の女性に。
転院するというのは、空になった病室を見て、看護師さんに聞いたことであった。
本人の口から微塵もそんなことを聞いていなかった男性は、呆気にとられた。
そんなにも信用されていなかったのかと、脱力して。