偽りのヒーロー
言葉を濁されているのだろうか。和解し仲もより近くなったと思っていたのは自分だけかと、菖蒲は少し不安な顔を向けた。
眉毛が情けなく下がった菖蒲を見て、菜子は慌ててちぎれんばかりに顔を振った。
菜子の言葉と慌てた態度で、菖蒲はさらに色濃く疑念を抱いた。自分と同様、疑問を抱く素振りが窺えて、本当に困惑しているのだということが瞬時に理解できたのだが、状況は全く理解できずにいた。
「……告白されたけど、つき合ってるのかどうかはわからない」
「そんなことあるわけないでしょうよ。結城と二人で遊びに行ったりしてるんでしょ? そういうのってつき合ってるっていうんじゃないの」
「でも、返事、してないんだよ。いいともだめとも言ってなくて、気づいたら、こんな感じに……」
困ったような笑顔を浮かべる菜子に、菖蒲は呆れた顔をした。
聞いてはいたものの、菜子がこんなにも男女の付き合いの観念を知らないとは思ってもみなかったからだ。しかしながら、拒否しなければそれは既に合意のもとであると言えよう。
別に可笑しくもない話を、なぜこうも困惑した表情で話しているのかと、菖蒲は疑問を投げかける。
「……私紫璃のこと好きかどうかわからないんだよ。確かに彼氏欲しいとは言ったけども! しかも紫璃にたらしとか言ったこともあるんだよ? 最悪じゃない? どっちがたらしなんだよ……」
頭を抱える菜子を、菖蒲は優しく撫でていた。
いつも笑みを浮かべている菜子が、泣きそうなほど狼狽えていることに笑みが漏れそうになるのを、必死でこらえていた。
ああそうか。紫璃を取り巻く派手な女生徒が、ぶつくさと口を尖らせていたのはこのことか、と周囲の状況を鑑みた。
どうやら唯一の友人を、傷つけたいがための所業ではないらしい。それがわかると、菖蒲は宥めるように菜子の背中を擦った。
「ごめん。嫌々なんだと思ってたけど、そうでもないのね?」
「うん、全然。でも私きっと浮かれてるだけなんじゃないかな、どうしよう」
「大丈夫だと思う。なるようになるわよ、きっと」
「頑張りなよ」と頭を撫でる菖蒲に抱きつきそうになった。菜子の赤くなった顔を、初めて目の当たりにして、思わず顔が綻ぶ。
嫌だったら別れたらいい、そう感じるのは菖蒲の本心だった。