偽りのヒーロー
いつしかぎこちなかったはずのカップルは、自然に手を取り合うようになっていた。
バレンタインにあげるチョコを、買ったものにするか手作りするべきか。そんなことで悩むくらいには、紫璃が隣にいることに違和感はなくなっていた。
菜子の家のバレンタインは決まって食後のチョコフォンデュと相場が決まっていて、苺やバナナにチョコレートを絡めるだけ。
もはや料理とは言えないそのバレンタインは、初めての彼氏にあげるチョコのレシピのストックがないことが露呈していた。
紫璃の家は洋菓子店。
実際に食べたケーキはやはりプロの味で、そんな味が身近にある人に素人の手作りなんて、口に合わないのではないかと心配していた。
何度も書店に足を運んでは、人気のレシピや初心者でも簡単、と謳われているレシピを凝視していた。
菖蒲に聞けば「なんでも喜ぶんじゃない?」、未蔓に聞けば「いつものチョコフォンデュじゃダメなの」、挙句の果てに仲が良いからと頼りにしていたレオには「俺にはないわけー?」と微塵も相談に乗ってくれる気がない。
バレンタインと言わず、「今すぐやるわ」とコンビニで買ったチョコを投げつけた。
「お前、チョコどうするかでわざわざ悩んでんのかよ」
秘密裡に進めていたはずの画策を、なぜ紫璃が知っているのだろう。
慌てて言い訳をしたところで、既に遅かったようだ。どうやらレオが口を滑らせてしまったようで、悩んでいたことが紫璃に手に取るようにすっかりとばれていた。
「なにしてくれてんの。ここは内緒にしとくとこじゃん!」
「ごめんごめん。なんかほら、菜子があんまり面白い顔してるから」
「何がだよ!」とレオの身体をがくがくと揺さぶった。
本当は首を掴んで揺さぶってやりたかったけれど、モデルみたいなレオの長い首を上手く手の中に収められなくて、足の甲を踏みつけてやった。